まぎらわしい漢字漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ27 土地カンに当てる字は?

新聞漢字あれこれ27 土地カンに当てる字は?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「犯人はこのあたりに土地カンがある者かもしれない」。こういう場合、皆さんは「カン」にどんな漢字を当てますか。「勘」「鑑」「感」「関」……。新聞では「鑑」にする社もあれば「勘」の社もあるなど、表記が異なっています。

 トチカンは国語辞典の多くが漢字表記として「土地鑑」「土地勘」の2つを併記しています。新聞・通信社では、「土地勘」としている社が多く、一部の社で「土地カン・土地鑑」表記が見られます。日本経済新聞でも、かつて「土地鑑・土地カン」を表記基準としていましたが、1997年から「土地勘」を統一表記に決め、現在に至っています。

 犯罪用語、警察用語などとされるトチカンが一般的な国語辞典に載ったのはそう古くはなく、例えば『広辞苑』では第2版(1969年)から「土地鑑」のみ、第3版(1983年)から「土地鑑・土地勘」の併記で収録しています。となると本来の書き方が「土地鑑」で、後に「土地勘」の表記が広まり辞書に載るようになったと思われがちですが、実はそうではなさそうです。

 『隠語大辞典』(2000年)にある最も古い例は、1929年刊行の『かくし言葉の字引』の「土地関」でした。「土地に関係のある」という意味で、関係の「関」を当てているわけです。一方で「土地鑑」のほうは「犯行地附近の事情によく精通している」意で『現代隠語辞典』(1956年)の例が引かれていました。「鑑」には「見分ける」「見識」の意味がありますので、その土地を知っていて地形や道路などを正しく見分けられるのが「土地鑑がある」ということになります。どちらも「勘が働く」といった感じの「土地勘」に比べ説得力のある説明ではあります。

 では、「土地関」と「土地鑑」のどちらが本来の表記だったのでしょうか。隠語に詳しい木村義之慶応義塾大学教授は「漢字表記としてどちらが正統であるかというのは決めにくい」と言います。それは「トチカンは、当初、捜査の現場に立つ警官が口頭で使用した、いわば現場用語で、当初は文字に残すような語ではなかったと推測できる。このような語源の特定が難しい語は、カンをどう解釈するかによって、当てられる漢字にも揺れが生じるわけで、漢字表記を1つに決めることは本来困難だ」と説明します。そうすると『警察隠語類集』(1956年)にある「土地鑑で鑑は関、感、勘に通ずる」という記述や、新聞表記が漢字を当てない「土地カン」ともしていたのにも納得がいきます。「カン」は隠語から一般語に変わっていく過程で揺れていた漢字表記が徐々に「勘」に落ち着いてきたといったところでしょうか。

 なお、木村教授からは「土地鑑」には警察の捜査法の意味もあるとご教示いただきました。『刑事警察大綱』(1939年)には「犯罪の発生せる土地の状況を観察し、犯人の潜入逃走及び賍物(ぞうぶつ)運搬の経路並犯人の現在所居所等を推測判断せんとする捜査法を謂う」という記述が見られます。

 この3月、日経記事審査部ツイッターで「トチカン」について最もしっくりくる漢字表記を聞くアンケートを行ったところ、回答は「土地勘」が86%と圧倒的多数を占めました(調査結果はこちら)。表記が複数ある場合、どれが正しいものかを考えることも大事ですが、新聞ではどの書き方が分かりやすいのかという観点も必要になってきます。日経が20年以上前に「土地勘」を統一表記として決めたのは、妥当な判断だったのではないかと思っています。

≪参考資料≫

木村義之・小出美河子『隠語大辞典』皓星社、2000年
笹原宏之『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
関根健一『なぜなに日本語』三省堂、2015年
徳島県防犯協会『刑事警察大綱』1939年
米川明彦編『集団語辞典3版』東京堂出版、2000年
米川明彦編『業界用語辞典』東京堂出版、2001年
読売新聞校閲部『日本語「日めくり」一日一語』中公新書ラクレ、2003年

≪参考リンク≫

・漢字ペディアで「鑑」を調べよう
・漢字ペディアで「勘」を調べよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

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