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新聞漢字あれこれ14 「附属」と「付属」、どう区別?

2019.03.20

新聞漢字あれこれ14 「附属」と「付属」、どう区別?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 3月23日、甲子園球場で選抜高校野球大会が開幕します。高校野球の時期になると決まって読者の方々から問い合わせを受ける字が「付」と「附」です。学校名の表記でテレビは「附」、新聞では「付」と割れていることがあるからです。

 東北地区から選ばれた盛岡大学附属高校(岩手)。ユニホームの胸のマークは「盛岡大附」となっていますが、新聞では校名を「盛岡大付」としています。「付」と「附」はどちらも常用漢字表にある別字なのですが、なぜ新聞は字を置き換えているのでしょうか。これには、60年以上前の出来事が影響しています。

 1953年、日本新聞協会に設置された新聞用語懇談会は国語審議会に対し当用漢字(1850字)の追加・削除候補の字種を提言しました。翌年、国語審議会は「渦、涯、殻、矯、渓、洪、桟、酌、汁、尚、宵、壌、据、杉、斉、挑、釣、亭、偵、泥、披、俸、朴、僕、堀、厄、戻、竜」の28字を追加し、「悦、謁、虞、箇、寡、劾、嚇、且、堪、璽、爵、遵、迅、但、丹、脹、朕、逓、奴、唐、煩、頒、罷、附、又、濫、隷、錬」の28字を削除する「当用漢字表審議報告」(当用漢字補正資料)を決定、報告。新聞界はこれを1955年から実行したため、この時から新聞と公用文や教科書との間で表記の違いが見られるようになってしまいました。1981年の常用漢字表の制定、2010年の改定を経た現在も「附」は漢字表に残り、新聞では「附」を表内にありながらも使用しない漢字としています。

 当用漢字補正資料は新聞界の意見が多く採用されたものではありましたが、「附」の「付」への置き換えは新聞が勝手に決めて実施しているものではありません。第5期国語審議会で報告された「語形の『ゆれ』について」(1961年)では、「『附』『付』は古くから通じて使われている。『付』は字画が少ないので、今日では、『付属』を採ることが望ましい」とし、「附録」「寄附」「附する」なども「付」で差し支えないであろうと記されています。つまり、新聞は古くから同じように使われてきた「附」と「付」を、より簡単な「付」のほうに統一しているというわけなのです。

 報道機関の「ふぞく」表記基準現在市販されている多くの国語辞典では、「附属」「付属」の両表記が併記されています。一方が正しく、もう一方が誤りというわけではありません。どちらも正しい表記といえるでしょう。違いは媒体の運用ルールということになります。ご理解いただけましたでしょうか。

 さて、校閲記者としてほかに気になる今回の出場校名は石川県の星稜です。過去に「稜」を「陵」に間違うケースが見られました。ちなみに他県に「陵」を使った星陵高校もあります。このほか、広陵(広島)、松山聖陵(愛媛)も出場しますので、「稜・陵」は特に要注意ですね。大会期間中は校閲記者も「失策」がないように努めます。

≪参考資料≫

『国語施策百年史』文化庁、2005年
『常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)』文化庁文化部国語課、2011年
『日本語百科大事典 縮刷版』大修館書店、1995年
金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
小林肇「新聞用語懇談会」『日本語大事典』朝倉書店、2014年
斎賀秀夫「日本の漢字はどう定められているか」『月刊 しにか』1999年6月号、大修館書店
関根健一「新聞の表記と常用漢字―「補正漢字」の光と影―」『日本語学』2006年9月臨時増刊号、明治書院
田島優『現代漢字の世界』朝倉書店、2008年
野村敏夫『国語政策の戦後史』大修館書店、2006年
文化庁『言葉に関する問答集 総集編』全国官報販売協同組合、2015年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「付」を調べよう。
漢字ペディアで「附」を調べよう。

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

monjiro / PIXTA(ピクスタ)

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