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「本塁打」と“全壘打“、そして「長打率」【上】|やっぱり漢字が好き21:時には野球の話を②

2024.05.01

「本塁打」と“全壘打“、そして「長打率」【上】|やっぱり漢字が好き21:時には野球の話を②

著者:戸内俊介日本大学文理学部教授) 
 

 再び筆者の趣味の話で恐縮です。昨年9月台湾に行き、プロ野球の試合を観戦した。台北の天母球場で開催された統一ライオンズvs.味全ドラゴンズのゲームである。

 以前も紹介したが(「時には野球の話を①(上)」「時には野球の話を①(中)」「時には野球の話を①(下)」を参照)、野球は台湾でも人気が高く、“中華職業棒球大聯盟”というプロ野球リーグがある。現在6つのチームが加盟している。WBCの効果か、私が観戦した試合も多くの観戦客が押し寄せており、台湾での野球の盛り上がりを実感できた。さらに、筆者はまだ行ったことがないが、昨年台湾にはじめてのドーム球場も完成した。

 下の写真1は天母球場の外観、写真2はグラウンドの写真である。天母球場は見てのとおり野外球場。日本のプロ野球では応援団は外野席で応援をするのが一般的だが、天母球場には外野席がなく、内野席で応援を行う。

台湾 台北市天母球場の外観

写真1 台湾 台北市天母球場の外観(筆者撮影)

台湾 台北市天母球場の内観

写真2 台湾 台北市天母球場の内観(筆者撮影)

 写真2の奥よりに電光掲示板が見えるが、ここには日本同様その時々のプレイ内容が表示される。例えば、写真3では“出局”と表示されている。さて、みなさんこの“出局”が何を意味する野球用語か分かりますか?

天母球場の電光掲示板

写真3 天母球場の電光掲示板(筆者撮影)

 これは「アウト」を意味しているのである。

 以前のコラムでも書いたが、日本でカタカナ表記をしている野球用語は、台湾ではすべて漢字で書き表される。上の「出局=アウト」がこれ。

 一方で台湾では日本由来の野球用語も多い。たとえば、“安打”、“暴投”、“捕手”、“三振”、“打點”(打点)など。ベースの名称も、“一壘”、“二壘”、“三壘”、“本壘”と基本的に日本の野球用語と同じである。ただし、台湾では繁体字と呼ばれる伝統的な漢字の字体を用いているので、「塁」は“壘”と表記される。同時に、「二塁打」、「三塁打」もそれぞれ“二壘打/二壘安打”、“三壘打/三壘安打”で、日本の表記とそう大きくは変わらない。

 ところが、「本塁打」、すなわちホームランは、台湾では“全壘打”と表記されることが多い(“本壘打”と表記することもある)。「本塁打」は打撃の結果「到達する」塁を表しているが、“全壘打”は打撃の結果「通過する」塁の総数を示していると考えられる。すなわち、一塁から本塁の「全て」の塁を通過するから「全塁」なのである。

 野球用語は無論、元を辿ればアメリカに由来する。「Home-run(ホームラン)」に対してどの訳語を採用するかは、その単語が表す概念のうちどの場面に焦点を当てるかで変わる。たとえば、「baseball」は日本では「野球」と訳されるが、台湾や中国では“棒球”である。「野球」は「フィールド」に焦点を当てた訳語で、“棒球”は“棒”、すなわち「バット」に焦点を当てた訳語であろう。これに鑑みれば、「本塁打」は到達する塁に焦点を当て、“全壘打”は通過する塁数に焦点を当てたものと解釈される。

 本号は紙幅の都合でここまでとする。次号では、タイトルで予告したが、かつて一部の日本の野球ファンの中で物議をかもした「長打率」について触れたい。

(つづく)

 令和6年4月3日に台湾東部沖を震源とした地震が発生しました。被災地の皆様の安全と一日も早い復興をお祈りいたします。

次回、やっぱり漢字が好き第22回は6月3日(月)に公開予定です。

≪おすすめ記事≫

やっぱり漢字が好き11 時には野球の話を① 変化球の呼び方(上)はこちら
やっぱり漢字が好き17 漢字はジェンダーニュートラルを指向するか? はこちら

≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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