歴史・文化

やっぱり漢字が好き12 時には野球の話を① 変化球の呼び方(中)

やっぱり漢字が好き12 時には野球の話を① 変化球の呼び方(中)

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)

 前号「時には野球の話を(上)」では、野球で用いられる主要な変化球が台湾でどのように翻訳されているかについて、「カーブ」、「スライダー」の名称について確認した。今号では引き続き、「フォーク」、「カットボール」、「シンカー」について見てみたい。

 まず「フォーク」であるが、“指叉球”(zhǐchǎ qiú/ヂーチャアチウ)と呼ばれる。フォークは人差し指と中指を大きく広げてボールを挟んだまま投げる変化球である。英語でも“forkball”(フォークボール)と言い、その名称は投げる時の指の形が、食事の時に使う食器のフォーク(fork)の先端に似ていることに由来する。“指叉球”は、指がフォーク状に開いた握りの球種という意味で、したがって“forkball”の意訳である。なお、メジャーリーグのニューヨークメッツで活躍する千賀滉大選手の決め球「お化けフォーク」(ghost fork)は台湾では“幽靈指叉球”と呼ばれる。そのままの直訳である。「お化けフォーク」は打者から見れば、消えるように鋭く落ちる球筋であり、「お化け」は「消える」ことのたとえである。

 次に「カットボール」は“卡特球”(kǎtè qiú/カァトァチウ)である。カットボールは英語では、“cutter”(カッター)とも呼ばれており、“卡特”(kǎtè/カァトァ)はその音訳である。今回はじめての音訳変化球である。ただし、別名として“切球”(qiè qiú/チェチウ)という呼称もある。これは文字通り意訳である。

 残る変化球は「シンカー」である。シンカーは台湾では“伸卡球”(shēnkǎ qiú/シェンカァチウ)と呼ばれる。英語では”sinker“(シンカー)であり、“伸卡球”(shēnkǎ qiú/シェンカァチウ)は英語の発音に近い音の漢字を当てた音訳である。このほか、シンカーには“沉球”(chén qiú/チェンチウ)という名称もある。“沉”は「沈む」の意味で、英語の“sink”の意訳である。シンカーの曲がりながら「沈んでいく」軌道を表している。

 なお日本でシンカーは、フォークやスライダーに比べるとややマイナーな変化球であるが、台湾ではたいへん有名である。というのも、メジャーリーグで最多勝を獲得した台湾人レジェンド投手、王建民氏の決め球であったからである。日本のプロ野球のオールドファンにとってシンカーと言えば、西武ライオンズで活躍した潮崎哲也氏や、ヤクルトスワローズやシカゴホワイトソックスで活躍した、現ヤクルト監督の高津臣吾氏の決め球というイメージが強い。両氏の投げていたシンカーは、ストレートとの緩急の差が大きい遅めの球であった。ところが、王建民氏のシンカーはストレートとの球速差が小さい速球である。このような球種をシンカーとは呼ばず、「ツーシーム」(two-seam)、または「ツーシーム・ファストボール」(two-seam fastball)と呼ぶ人もいる。日本では、広島カープやニューヨークヤンキースで活躍した黒田博樹氏の決め球としても知られている。なお、ツーシームは台湾では“二縫線快速球”(èr fèngxiàn kuài sùqiú/アルフォンシエン クワイスゥチウ)と呼ばれている。英語の“two-seam fastball”は回転時に縫い目(seam、シーム)が2本見えることからそう名付けられたとのことで、“二縫線快速球”はその意訳と見なすことができる。

 以上、前号と今号で野球の主要な変化球の台湾における翻訳状況について概観した。次号では、中国語圏における外来語の受容とその漢字表記について、今回取り上げた野球の変化球を例に考えてみたい。

                                                             (つづく)次回は9月1日公開予定!

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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