やっぱり漢字が好き。8 書体は語る(上)

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
今号から3回に分けて、ふだん見過ごされがちな街角の漢字の書体について筆のおもむくままに書きつづりたい。まずは図1の写真をご覧いただきたい。
これはとある駐車場の看板の写真であるが、これを見て皆さんはどのように感じるだろうか。私はこの看板を目にした瞬間、「居酒屋か!」と心の中でつっこんでしまった。
この違和感がどこから来たのかといえば、書体である。図1-1のような、少しラフな筆書き文字を見れば、日本に長く住んでいる人はまず、食堂や居酒屋、ラーメン屋、そば屋などの看板やメニュー書きを思い起こすのでないだろうか。そのような特定のイメージを起こさせる書体が、駐車場という異なる場面に使われていたことに私は違和感を覚えたのである。駐車場なら一般的にはもう少し自己主張の少ないニュートラルな書体、たとえばゴシック体などを用いる。事実、図1-2では同じ「時間貸」の文字をゴシック体で書いている。
ある書体が、特定の文体、文脈や内容(これらを併せて以下、「場」と呼ぶこととする)と深く結びついているという現象は、現代日本では決して珍しいことではない。代表的なものに古印体、中でも淡古印という書体がある。図1-3をご覧いただきたい。
もともとは印鑑や落款を元にして作られた書体で、墨だまり線の欠けが再現されている。現代ではこれがしばしばオカルト関連の書籍やテレビの心霊特集で用いられ、おどろおどろしい雰囲気を醸し出す効果を発揮する。
正木香子さんの『本を読む人のための書体入門』によると、淡古印は1980年代に『週刊少年ジャンプ』に連載された漫画『ドラゴンボール』において、古めかしい味わいを出す意図でしばしば使われていた。
『ドラゴンボール』はよく知られているように中国の古典小説『西遊記』を下敷として作られた物語である。その後、淡古印は同作内で緊迫感の漂う場面やセリフでも用いられたことから、緊張感を押し出す効果をも持ち始め、その後テレビドラマ『世にも奇妙な物語』(1990年~)のタイトル画面のフォントとして採用され(図1-4)、ホラーの書体というイメージが定着したという。
もう少し古印体の実例を挙げたい。図1-5は町の名所を紹介の看板であるが、「伝説」と銘打っているように、古めかしさ、ないしはアンティーク感を押し出すために古印体が使用されている。この場合、決してホラー感を押し出すことを意図しているわけではない。
同じようなものに、図1-6がある。「オルゴール→アンティーク」という連想によるものであろう。
一方、図1-7は1994年発売のスーパーファミコン用ゲームソフト『かまいたちの夜』のタイトル画面である。このゲームはストーリーが様々に分岐するサウンドノベルであるが、本筋はクローズドサークル、すなわち逃げ場のない空間で事件が立て続けに起こるタイプのミステリーである。ユーザーは1人また1人と登場人物が殺されていく中で、恐怖がヒタヒタと迫ってくる様を体験できる。タイトル画面の古印体はユーザーの恐怖心を煽るために採用されたと考えられる。
(つづく)
≪参考資料≫
正木香子『本を読む人のための書体入門』、星海社文庫、2013年
≪参考リンク≫
フジテレビ「世にも奇妙な物語」公式HPはこちら(不定期放送中)
付記:図1-4は株式会社フジテレビジョンより、図1-7は株式会社スパイクチュンソフトよりご提供いただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。