漢字コラム16「雷」「霹靂」って何のこと?

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)
炎天にわき出した入道雲がぶわーっと上へ上へと増殖していきます。空高く昇った白い雲は次第に灰色がかって、やがてその重さに耐えかねるように黒く地表近くに垂れ込めてきます。大粒の雨が激しく地表をたたき、雨と土埃が混じったにおいが鼻腔をくすぐります。夕立です。遠くに見えていた稲光が近づいてきます。「ゴロゴロ! ピシャー」。地表を激しくたたく雨音、セミの鳴き声、車の騒音、そうした音のすべてを押さえつけ、「雷」は一瞬にして天地を支配します。
「雷」は天候を意味する「雨」と「田」で構成されています。「田」の部分は、いわゆる「たんぼ」という意味ではなく、もとは「畾(ライ)」と書かれていました。中国の字書「説文解字」には「陰陽の気が迫り活動するもの、雷雨は万物を生じさせる」とあり「畾」は「回転する形にかたどる」と記されています。
入道雲(積乱雲)の中では、激しい上昇気流によって雨滴、氷晶、あられなどが摩擦を起こして正負の電気の分離がおこり、負電荷と正電荷が蓄積されると言います。雷はそれが放電する現象です。「陰陽の気が迫り活動する」という説明は、科学的な現象を経験的に理解していたとも受け取れます。
「畾」は、回転する形かあ。そういえば、雷神を描いた絵の太鼓にも雲のような形をしたものが三つ付いているよね。
そうですね。「田」を三つ重ねた「畾」をモチーフに描いたものかもしれません。「森」などのように意味を強調したり多数を表したりする場合に、同じ字を三つ組み合わせる手法は漢字によく見られます。雷には「田」を四つ組み合わせたものさえあります。ここには同じものが順序よく並ぶという意味が含まれていて、「ゴロゴロ」という音を視覚化したものだ、という説もあります。
中国の語学書「釈名(しゃくみょう)」には「雷は硠(ロウ)なり。物を転じて硠雷するところの声あるがごとし」とあります。「物を転がす時にゴロゴロという音があるようなものだ」といった意味です。
日本では「いかずち(いかづち)」とも言われています。「厳(いか)之(つ)霊(ち)」が語源ともと言われ、「魔物」「たけだけしく恐ろしいもの」「恐ろしい神」を意味していました。雷はその音から「鳴神(なるかみ)」「霹靂神(はたたがみ)」などと言われました。光を捉えた言い方では「稲妻」「稲光」などがあり、「神解(かむとけ)」は、雷が落ちて木や岩が裂けることを意味しています。「いかずち」は神格化された雷の総称とも言え、音や光の区別なく使われたようです。
「青天(晴天)の霹靂(へきれき)」という言葉を聞いたことがあると思います。この「霹靂」こそが「雷」のことなのです。青い空(晴れ渡った空)に雷がなることから「突発的に起こる変動」「想定外のできごと」などという意味になるのです。
≪参考資料≫
「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「雷」を調べよう
漢字ペディアで「霹靂」(へきれき)を調べよう
漢字ペディアで「霹靂神」(はたたがみ)を調べよう
≪著者紹介≫
前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長
1955年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)など。