歴史・文化

漢字コラム39「若」草冠は草ではない?

漢字コラム39「若」草冠は草ではない?

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)

 「若」は「草冠(艸)」と「右」の組み合わせでできています。中国の字書「説文解字」には、「葉を択(えら)びつむ」とあります。「右」が「手」を代表している解釈です。一説によると、ここでいう葉は杜若(ヤブミョガ)という香草をさすと記されています。

 甲骨文字の象形から「しなやかな髪をとかす女性の姿」を表したものだという解釈もあります。後に「叒(ジャク)+口」となり、これが「若」という形に変化しました。女性の体や髪の特徴から「しなやか」「柔らかく従う」などの意味を持ったとも言われています。「髪を振り乱して神意を問う巫女(みこ)の姿」だという解釈もあります。ここでは「艸」は、巫女が両手をあげて舞い、神託を受けようとしてエクスタシーの状態にある姿を表しているとあります。甲骨文字では「若」の「草冠(艸)」の部分が、「草」のようには見えないから不思議です。「説文解字」の元になっている小篆だけでは、解釈にズレが生じるのかもしれません。それだけ、字源説において定説は立てにくいということなのでしょう。

 「若(ジャク)」が「弱(ジャク)」に通じることもあり、日本では「若」は、上代以降「わかい」という意味で使われるようになりました。「弱年」を「若年」、「弱輩」を「若輩」とする言い換えも出てきました。「若」は汝、乃、爾、而と同源だとする説もあり、本来二人称を表す「あなた」「なんじ」という意味がありました。それに複数を示す「輩」がついた「若輩」は、本来「おまえたち」「なんじら」という二人称複数を表していました。日本では、そこに「わかい」という意味が加わり、「年が若い人」「経験の浅い未熟者」という使い方が生まれ、次第に定着したのです。

 「若」はむしろ文中で接続詞などの役目として、「若(も)し」や「若何(いかんせん)」などの形で使われることが多かったのです。現代中国語でも、「若」は「~のごとし」「~のようである」「及ぶ」「同程度である」「もし~ならば」という使われ方がもっぱらです。

 中国では「若」を「わかい」という意味で使うことは、まずありません。「若い」は「年軽」と言います。「年を経ていない」ということです。

≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「漢字ときあかし辞典」(研究社、円満字二郎著)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照
前田安正オフィシャルサイト「マジ文ラボ」https://kotoba-design.jp/

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「若」を調べよう。

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長 1955年福岡県生まれ。
早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校で文章教室を担当、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)。2017年4月発売の『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)は15刷6万部を突破。6月に『3行しか書けない人のための文章教室』(朝日新聞出版)を発売。
一部地域を除き、4月から朝日新聞水曜夕刊にコラム「ことばのたまゆら」を連載(マジ文ラボからも読めます) 。
前田安正オフィシャルサイト「マジ文ラボ」はこちら

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