歴史・文化

やっぱり漢字が好き17 漢字はジェンダーニュートラルを指向するか?

やっぱり漢字が好き17 漢字はジェンダーニュートラルを指向するか?

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)

 2023年11月22日のこと。ある女性声優がX(Twitter)上に掲載した結婚を報告する手書きの文章の画像を目にした。そこには、次のように書いてあった。

 私事で大変恐縮ではございますが、
 この度結いたしましたことをご報告させていただきます。(原文ママ)

 一見すると気が付きにくいが、「結」ではなく「結」と書かれている。これは言うまでもなく、現代の漢字の規範から見れば誤字である。手書きゆえのミスであろうが、実のところ、この誤字は単純なミスとしてだけでは片づけられない、漢字の字形変化にかかわるある重要な現象を示唆している。

 「」という表記は、直前の「結」の糸へんに引きずられたために起きた書き換え現象と考えられるが、二字熟語を構成する漢字の一方が、もう片一方の漢字の字形に影響を受けて変化を被る現象は、漢字の歴史の中で古くから見られるものである。

 たとえば、「鳳凰」は古くは「鳳皇」と書かれていた。しかしいつのころからか、「皇」は直前の「鳳」の字形の影響を受け、「凰」と書かれるようになった。また「模糊」は「糢糊」とも書くことがあるが、後者の「糢」は直後の「糊」の米へんの影響を受け、木へんから米へんに変化したものである。

 上で紹介した「結」の「」も同様に、直前の「結」の影響を受け、女へんから糸へんに変化したととらえることができる。さらにこの糸へんの変化には、もう1つの動機を想定することも可能である。

 結婚とは他者と紐帯を結ぶ行為である。紐帯とは有体に言えばひもや糸のたぐいである。このような結婚にかかわるイメージが文字の構成に影響し、「」の女へんを糸へんに改めた可能性もある。

 類似の字形変化に、「芙蓉」がある。古くは「夫容」と書かかれたが、植物を指すものであることから、草かんむりを加えて「芙蓉」と書くようになった。

 さて、話を「結」に戻そう。ジェンダーニュートラルを指向する近年の社会情勢に鑑みれば、女へんを用いない「結」という表記を使った方が、あるいは時代の潮流に即しているのかもしれない。そのように考えれば、「結」はまさに現代社会を反映した表記とも言える。

次回、やっぱり漢字が好き第18回は2024年2月1日(木)に公開予定です。

≪参考資料≫

王力「漢字的形体及其読音的類化法」、王力『龍蟲並雕齋文集』、1980年

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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