漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ143　米大統領選挙と変換ミス

2024.05.08

著者：小林肇（日本経済新聞社用語幹事）
　
　2024年は米大統領選挙が実施されます。現職のバイデン大統領（民主党）とトランプ前大統領（共和党）が、それぞれの政党から候補者指名を受けるのに必要な代議員数を確保しました。

　１月に始まった予備選挙（予備選）から11月５日の本選挙（本選）までの長期戦。新聞では関連した記事が次々と掲載されます。前回の2020年に続く両氏の事実上の一騎打ちということで、校閲の現場では「再選」と「再戦」の変換ミスが目に付くようになりました。

　現職・前職がそれぞれ２回目の当選を目指すわけで、当選すればどちらも「再選」になります。ややこしいのは、２人による２回目の選挙戦なので「再戦」でもあるわけです。校閲をする場合は「選」と「戦」の違いを文脈からきちんと判断しなければなりません。

　これまで次のような記事が出稿されました。慌ただしいと記者も混乱するようです。

① 大統領選でのトランプ前大統領との再選を念頭に「民主主義がいまも米国の神聖な大義かどうかが問われる。それが選挙の全てだ」と表明した。

② 大統領選を巡る共和の候補者指名争いで優位に立つ前大統領は、民主の候補指名が確実視されるバイデン氏との再選を見すえる。

③ 11月の本選はトランプ前大統領とバイデン氏の再選の公算が大きくなっている。

④ 民主党から再戦を目指すバイデン大統領は前大統領との再戦を見すえ、事件を取りあげる。

　いずれも業務報告書に上がっていた変換ミスで、①②③の記事の中にある赤字で示した部分は文脈から「選」ではなく「戦」とするのが適切なもの。④は逆のケースで「選」のほうが適切で、最終的に修正されました。特に④は直後に正しい「戦」も出てきます。校閲記者にとって今回の大統領選では「再選」「再戦」がキーワードになると言えそうですね。ちなみに③の文に出てくる「本選」も「本戦」に間違うことが多いので、要注意です。

　これから半年も続く米大統領選。私たちにとっては「戦」と「選」を取り違えないための長い戦いになりそうです。

次回、新聞漢字あれこれ第144回は5月22日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『記者ハンドブック第14版新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『マスコミ用語担当者がつくった使える！用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇（こばやし・はじめ）
日本経済新聞社用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった使える！用字用語辞典』（共著、三省堂）、『方言漢字事典』（項目執筆、研究社）、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』（共著、日経プレミアシリーズ）、『文章と文体』（共著、朝倉書店）、『日本語大事典』（項目執筆、朝倉書店）、『大辞林第四版』（編集協力、三省堂）などがある。2019年９月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む新四字熟語辞典』を連載。