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四字熟語根掘り葉掘り48:「筋骨隆々」は理屈に合わない?

2019.10.28

四字熟語根掘り葉掘り48:「筋骨隆々」は理屈に合わない?

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 日本代表の活躍に湧いたラグビーのワールドカップも、残すところあとわずか。筋骨隆々たる男たちの戦いに、手に汗握る思いで見入った人も多かったことでしょう。

 ……と、このように、〈体つきがとてもたくましいようす〉を意味する表現に、「筋骨隆々」があります。このことば、市販の四字熟語辞典にはあまり収録されていないのですが、当たり前すぎてことさらに取り上げる必要すらない四字熟語だ、と考えてよいでしょう。

 拙著『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)には「筋骨隆々」を収録したのですが、その原稿を書いていたときに、ちょっと気になる事実を見つけました。それは、世の中では「筋肉隆々」という四字熟語もけっこうよく使われている、ということです。

 私が調べた範囲では、「骨」の方の「筋骨隆々」は、大正の末年、1925年から使用例があります。それに対して、「肉」を用いる「筋肉隆々」が初めて見いだせるのは、半世紀後の1975年、昭和50年でした。しかも、現在に至るまで、「骨」の方が使用例は圧倒的に多い。となると、「筋骨隆々」が本来の形で、「筋肉隆々」はあとから生まれてきたということは、まず間違いないでしょう。

 ただ、ちょっとおもしろいことに、「隆々たる筋肉」という言い回しは、昭和初期から見られます。一方、「隆々たる筋骨」も同じころから使われていることが確認できるのですが、使用例は、「隆々たる筋肉」に比べてかなり少ないようなのです。

 そもそも、「隆々」とは〈高く盛り上がる〉ことですから、「筋肉」に対して用いるのはきわめて自然です。しかし、「筋骨」の場合、「筋」は「筋肉」と同じ意味ですが、「骨」が〈高く盛り上がる〉というのは、理屈の上からは不自然であるように感じます。

 となると、「隆々たる筋肉」という表現がまずあって、それが四字熟語化する際に、「肉」が「骨」へと変わったのでしょうか? その理由としては、「筋肉」は日常的によく使われることばなので、「隆々」という硬い表現と一体化させるのは落ち着かなかったことが考えられます。

 あるいは、「筋骨隆々」が先に存在していて、それが分解されて「隆々たる筋骨」になろうとしたとき、「骨」が「隆々」であるのはおかしいという意識が働いて、「隆々たる筋肉」になった、ということも考えられます。「筋肉隆々」はそこから四字熟語化した先祖返りの表現だ、というわけです。

 どちらの説明が正しいのか、あるいはもっと別の事情があるのか、正解はわかりません。しかし、ことばとことばの結びつきというのは、なかなかおもしろいものですね。

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』『四字熟語ときあかし辞典』(ともに研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『語彙力をつける入試漢字2600』(筑摩書房)が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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