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四字熟語根掘り葉掘り47:神秘的な学者と「空中楼閣」
2019.10.14
〈立派に見えるが、現実的な根拠がないもの〉を指す、「空中楼閣(くうちゅうろうかく)」という四字熟語があります。このことばの由来については、辞書によっていくつかの説があります。
1つは、11世紀の終わりごろの中国で書かれた、『夢渓筆談(むけいひつだん)』という随筆に由来するとするもの。しかし、その原文に当たってみると、蜃気楼に関する記述で、意味的にはフィットしないでもありませんが、「空中楼閣」という4文字は、どこにも出てきません。
また、7〜8世紀の詩人、宋之問(そうしもん)の作品に出て来るとするものもありますが、これまた原文は「空中に楼殿(ろうでん)を結ぶ」で、厳密には「空中楼閣」の出典ではありません。
そのほか、17世紀の演劇論、『間情偶奇(かんじょうぐうき)』が出典だとする辞書もあり、これは、原文にきちんと「空中楼閣」の4文字が出てきます。ただ、もっと古いものとして、11〜12世紀の哲学者、程顥(ていこう)・程頤(ていい)兄弟のことばをまとめた『二程遺書』に出て来る、「邵尭夫(しょうぎょうふ)は、猶(な)お空中楼閣のごとし」という一節があります。
邵尭夫とは、正式な名前を邵雍(しょうよう)といって、程兄弟の学友。易学に秀でていて、未来を予測して見事に的中させたという逸話もある、神秘的な雰囲気をまとった有名な学者です。
その雰囲気は、現代の私たちの目には〈現実的な根拠がない〉と映りかねないのですが、当時の人たちにとっては、そうではなかったでしょう。邵雍を評した「空中楼閣」は、むしろ、〈空高くそびえる建物のような、巨大で全体像がつかみにくい存在〉というイメージが強かったのではないかと思われます。
それが〈根拠がない〉という意味になったのは、どうしてなのでしょうか? そこには、「空中」ということばの持つ不安定なイメージが大きく寄与しているものと思われます。つまり、「楼閣」の持つ〈巨大さ〉に重点を置いて使われ始めた「空中楼閣」は、やがて、「空中」の持つ〈不安定さ〉に引きずられ、意味を変容させていったのでしょう。
さらに言えば、現在の辞書では、この四字熟語を単に〈現実的な根拠がないもの〉とだけ説明して済ませてしまっているものが、少なくありません。「楼閣」という古めかしいことばから〈巨大な建物〉を思い浮かべるのがむずかしくなったからでしょうか。
「空中楼閣」という四字熟語における「楼閣」の役割は、ますます軽くなっているようです。
<参考リンク>
漢字ペディアで「空中楼閣」を調べよう。
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<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
〈記事画像〉筆者作成(邵雍像は、『晩笑堂画伝』より)
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