四字熟語根掘り葉掘り41:「猫鼠同眠」とマジメすぎる官僚
著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
8世紀の終わりごろの中国でのこと。ある地方の兵士の家で、不思議なことが起こりました。子ネコと子ネズミが、同じ親から乳をもらって、けんかもしないのです。
どこの国でもそうでしょうが、昔の庶民は、不思議なことが起こると、お上に報告したものです。このときもそうでした。報告を受けた地方長官は、この子ネコと子ネズミを捕まえて、都に献上することにしました。
受け取った都では、時の宰相が大喜び。この仲の良さは、世の中がうまく治まっている証拠に違いない、というわけで、ものものしくも大臣・官僚をうち従えて、皇帝陛下に子ネコと子ネズミをお目にかけることにしたのでした。
遠くはるばる都まで連れて来られた子ネコと子ネズミは、何百人ものおとなの視線を浴びて、さぞかし迷惑だったことでしょう。
さて、このとき、1人だけ、宰相の行動を批判した人物がいました。その名は、崔祐甫(さいゆうほ)。曲がったことが大嫌い。いかなるときもズバズバものを言う、豪胆で知られた男です。
彼に言わせれば、ネコはネズミを捕まえて当たり前。それが本性であって、役人が悪者を捕まえるのと同じことです。それなのに、ネコがネズミと仲良くしているなんて、役人が悪者と結託しているようなものではないか。何のめでたいことがあろうことか!
以上のような意味のことを、崔祐甫は、いくつもの古典を引用した堂々たる文章にまとめて、皇帝陛下に差し出しました。それを読んだ皇帝陛下は、「なるほど!」と深く感じ入ったということです。
この話から生まれたのが、「猫鼠同眠(びょうそどうみん)」という四字熟語。〈役人と悪者が一緒になって悪事を行う〉ことを表します。元になった歴史書の文字遣いどおりに「猫鼠同乳(びょうそどうにゅう)」と言われたり、また「猫鼠同処(びょうそどうしょ)」と言われたりすることもあります。
それにしても、子ネコと子ネズミが一緒になっておっぱいを飲んでいたら、かわいいと思うのが人情というもの。崔祐甫はちょっとマジメすぎるような気もします。とはいえ、いい年をした大臣や官僚が、こぞってそれを皇帝陛下にお目にかけようとするというのも、権力者に対する明らかなおもねり。確かに見苦しいですよね……。
ちなみに、この一件もあって時の宰相からにらまれた崔祐甫は、やがて、地方官に左遷されてしまいます。ところが、しばらくするとこの宰相の方が失脚。崔祐甫は入れ替わりに晴れて中央政界に復帰、栄達を遂げたということです。
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「猫」を調べてみよう
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
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