四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り98:「笑止千万」は編集者を悩ませる

四字熟語根掘り葉掘り98:「笑止千万」は編集者を悩ませる

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 「笑止千万(しょうしせんばん)」は、四字熟語辞典を編集する者にとってはちょっと悩ましいことばです。

 その原因の1つは「笑止」にあります。このことば、実は語源がはっきりせず、古くはいろいろな意味で使われました。そのため、「笑止千万」も、〈とてもばかばかしい〉という意味のほかに、昔は〈とてもかわいそうだ〉という意味で用いられることもありました。そこで、こちらの意味まで載せるのかどうか、載せるとすればどのような位置づけにするのか、辞書の性格に合わせて判断をしなくてはなりません。

 「笑止千万」が悩ましい原因は、「千万」の方にもあります。このことばはさまざまなことばの後に付いて、〈程度がとても激しい〉ことを表します。そこで、それらのうちどれを見出し語として収録するか、頭を悩ませることになるのです。

 私が日ごろから参照している10冊の四字熟語辞典のうち、「笑止千万」を収録しているのは9冊。「○○千万」型の四字熟語としては最多の収録冊数を誇っていて、東の横綱といったところでしょうか。とすれば、西の横綱には同じく9冊に収録されている「遺憾千万(いかんせんばん)」、大関には7冊収録の「奇怪千万(きかいせんばん)」が当てられるでしょう。

 ここでおもしろいのは、この3つの四字熟語はみんな、目の前の現実に対する強い非難を表すということです。「笑止千万」は〈とてもばかばかしい〉からまともに取り合うことができない、「遺憾千万」は〈とても残念〉で受け入れがたい、「奇怪千万」は〈とても不思議〉なので信じられない、といった具合。「迷惑千万」「不埒千万(ふらちせんばん)」「無礼千万」「失礼千万」「卑怯千万(ひきょうせんばん)」といった四字熟語にも、同様の強い非難が見られるように思われます。

 ところで、「千万」と似たことばに、「残念至極(ざんねんしごく)」「奇怪至極(きかいしごく)」などに使われ、やはり〈程度がとても激しい〉という意味を表す「至極」があります。しかし、「恐悦至極(きょうえつしごく)」とは、立場が上の人に対して〈恐れ多くも非常に喜ばしい〉という気持ちを表すことば。「○○千万」型とは違って、「○○至極」型の四字熟語には必ずしも非難のニュアンスは含まれません。

 昔は〈とてもかわいそうだ〉という意味でも使われていた「笑止千万」が、現在では〈とてもばかばかしい〉という意味でばかり用いられるようになったのは、直接には「笑」という漢字の影響でしょうが、この強い非難の意味合いとも関係があるように私には思われます。そう考えると、「笑止千万」は「○○千万」型の東の横綱にいかにもふさわしい、と言えるでしょう。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「笑止千万」を調べよう
漢字ペディアで「千万」を調べよう
漢字ペディアで「至極」を調べよう

≪おすすめ記事≫

四字熟語根掘り葉掘り46:「百面億態」はどこから来たか? はこちら
四字熟語根掘り葉掘り90:ちょっと不思議な「一気呵成」 はこちら

≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が発売中
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

筆者作成

記事を共有する