四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り97:「速戦即決」だけが正解か?

四字熟語根掘り葉掘り97:「速戦即決」だけが正解か?

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 テストには、正解と不正解がつきものです。そのため、私たちはとかく、なんにでも正解と不正解があると思い込みがち。四字熟語でもそれは同じで、複数の書き方がある場合、どれが正解なのかが気になるわけですが、ことはそう単純でありません。

 たとえば、「そくせんそっけつ」と読む四字熟語。国語辞典や四字熟語辞典を調べてみると、書き表し方としては「速戦即決」が掲げてあります。この漢字の並びからは、〈スピーディに戦って、すぐさま勝敗を決める〉という意味がはっきりと読み取れますし、これを正解とすることに異論はありません。

 ただ、実際の使われ方を調べてみると、「そくせんそっけつ」には他の書き表し方もあることがわかります。その1つは、最初の「速」を「即」に置き換えた「即戦即決」。私が集めた「速戦即決」の使用例は約90あるのですが、「即戦即決」もその半分、45例近くあります。

 「即戦即決」を文字通りに解釈すると、〈すぐさま戦ってすぐさま勝敗を決める〉。「速戦」という熟語はあっても「即戦」という熟語はまず見かけないのでちょっと落ち着きが悪いですが、意味が通じないというほどではありません。さらに、あの小学館の『日本国語大辞典』の「そくせんそっけつ」の項では、漢字での書き表し方として、「速戦即決」と「即戦即決」が並べて掲げられています。「即戦即決」も正解に加えてしかるべきでしょう。

 さらには、「速」をくり返して使う「速戦速決」の使用例も、私の手元には35ほど集まっています。私の知っている限りでは、「速戦即決」と「即戦即決」は、満州事変が起こった1931(昭和6)年ごろから使用例が見られるのですが、「速戦速決」は、もっと前の大正時代から使われています。だとすれば、これを不正解だと決めつけることはできないでしょう。

 さて、「速戦即決」「即戦即決」「速戦速決」の3つがあるならば、「即戦速決」もありそうなもの。そう思って探してみたところ、5つだけ見つかりました。これは、数がだいぶ少ないですね。先ほども述べたように「即戦」という表現は落ち着かないですので、「即戦速決」だけはよくある誤植の類いだと考えて不正解だとするのも、1つの見識だろうと思われます。

 というわけで、「そくせんそっけつ」の書き表し方については、正解が少なくとも3つあるわけです。辞書に載っているのは、そのうちの1つか2つ。紙幅などの諸事情から、辞書に載せられる記述には、自ずと制約があります。辞書に載っていないからといって、不正解だというわけではないのです。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「速戦即決」を調べよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が発売中
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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