四字熟語根掘り葉掘り4:「危機一発」ってホントに間違い?

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
国語のテストで「危機一発」と書いたら、確実にバツになります。新聞や雑誌に「危機一発」と印刷されていたら、それは誤植でありましょう。
では、辞書に「危機一発」という項目が載っていたら、どうでしょうか?
私は、そういう辞書を2冊、知っています。1つは、1905(明治38)年刊、森訥という人の『熟語詳解漢和中辞典』、もう1つは、1914(大正3)年刊の芳賀剛太郎『漢和大辞書』です。
1冊だけならまだしも、2冊もあるなんて……。はたしてこれは、ほんとうに誤植なのでしょうか?
そう思って気をつけていると、明治から昭和戦前にかけての書物や新聞には、「危機一発」の使用例がちらほら見つかります。 中でも興味深いのが、明治の外務大臣、陸奥宗光(むつ・むねみつ)の回想録、『蹇蹇録(けんけんろく)』。この書物には、「危機一髪」と「危機一発」の両方が使われているのです。
「髪」の方の「危機一髪」は、3例。そのうちの2つは「危機一髪の間」の形で出てきます。〈危機が、髪の毛一本をはさんだくらいにまで近づいている〉というわけですから、私たちがよく知っている「危機一髪」と同じです。
一方、問題の「危機一発」は、「もし危機一発するときは」と「危機一発の際」という形で、2回、登場します。こちらは、〈危機がいったん発生したとき〉という意味だと解釈できます。
となると、次のような使い分けが、うっすらと見えてきます。「髪」の方は、〈まだギリギリで危機になっていない〉か〈すんでのところで危機を回避した〉場合に使い、「発」の方は、〈危機が発生したと仮定する〉場合に用いる……。
ただ、「髪」の方の「危機一髪」の3例目は、「危機一髪の厄運をまさに発せんとするに防ぎ」とありますから、どちらの場合だと取るべきか、とても微妙なのです。それくらい微妙だったからこそ、「危機一発」は「危機一髪」に取り込まれて、やがて使われなくなっていったのかもしれません。
1冊の書物の使用例だけで判断するのは、もちろん早計です。とはいえ、常識を疑ってみるのも、ときには必要なことではないでしょうか?
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字ときあかし辞典』『部首ときあかし辞典』『漢字の使い分けときあかし辞典』(以上、研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)など。新著『雨かんむり漢字読本』(草思社)が発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
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