四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り90:ちょっと不思議な「一気呵成」

四字熟語根掘り葉掘り90:ちょっと不思議な「一気呵成」

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 「たまった雑用を一気呵成(いっきかせい)に片付ける」。そんな経験はありませんか?「一気呵成」とは、〈短い時間で勢いよく何かをやりとげる〉という意味。そんなにむずかしい四字熟語ではありませんよね。

 では、「呵成」だけを取り出すとどうでしょうか? この熟語、実は国語辞典にも漢和辞典にもなかなか出て来ないことばで、はっきりとした意味がわからないのです。

 「呵」には、〈叱りつける〉という意味があります。「良心の呵責(かしゃく)」とは、文字通りには〈良心に叱られ責められる〉こと。また、この漢字には〈大声で笑う〉という意味もあって、「呵々大笑(かかたいしょう)」という四字熟語にはその意味がよく現れています。

 叱るのと笑うのとでは正反対ですが、勢いよく声を出している点は共通。つまり、「呵」にはどうやら〈口から勢いよく息を吐き出す〉という意味合いがあるようで、これを「呵成」に適用すると、〈口から勢いよく息を吐き出しながら、何かを仕上げる〉という意味になります。この場合、「一気呵成」とは、〈息を勢いよく一回、吐き出している間に、何かを仕上げる〉ことだと解釈できます。

 ところで、「一気呵成」は、16世紀に中国で書かれた、ある漢詩の評論書に由来する表現。その本では、杜甫(とほ)という大詩人のある作品について、これは「一気呵成」に書かれたものだ、と述べています。

 昔の詩人が作品を書くとなれば、使うのはもちろん筆。筆と「呵」といえば、現在ではまず使われませんが、「呵筆(かひつ)」という熟語があります。意味は、〈寒くて凍ってしまった筆を、息を吹きかけて溶かす〉こと。昭和の昔には、ボールペンのインクの出が悪くなるとよく息を吹きかけたものですが、あんなイメージですね。

 そこから、「一気呵成」を、〈凍った筆に息を吹きかけて溶かし、溶けている間に素早く作品を書き上げる〉ことだとする解釈もあります。この場合の「呵成」は、〈凍った筆に息を吹きかけて溶かしながら、作品を書き上げる〉という意味だということになります。

 どちらであっても、たいした違いはありません。とはいえ、私たちは、実は意味をよくわかっていないまま「一気呵成」を使っているわけで、そう考えるとなんだか不思議な気がしませんか?

 ことばとはそういうものだ、と言ってしまえばそれまでのこと。でも、私たちは、「一気呵成」の勢いのよさにごまかされてしまっているのかもしれませんね。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「一気呵成」を調べよう
漢字ペディアで「呵」を調べよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が発売中。

●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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