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四字熟語根掘り葉掘り52:「一陽来復」と諸葛孔明の智謀

2019.12.23

四字熟語根掘り葉掘り52:「一陽来復」と諸葛孔明の智謀

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 現在、使われている暦では、冬至はだいたい12月21日か22日。北半球では、この日、太陽が昇っている時間が1年で最も短くなります。ホワイト・クリスマスのイメージも重なって、いよいよ冬本番になったという感じが深まりますよね。

 この冬至の日の別名のように使われることがあるのが、「一陽来復(いちようらいふく)」。中国で古くから伝わる占いの書、『易経(えききょう)』の内容に由来する四字熟語です。

 『易経』の占いの基本となるのは、「陰」を表す真ん中が切れた横棒と、「陽」を表す切れ目のない横棒を、合わせて3本重ねた記号。陰と陽の組み合わせが8つあるので、八卦(はっけ)と呼ばれています。この八卦を2つ組み合わせた64種類の記号が、未来を象徴的に指し示すのです。

 そのすべてが「陰」になっているのが、「坤(こん)」と呼ばれる形で、「陰」の極みです。そこから少し変化して、最初の1本だけが「陽」になったのが、「復」と呼ばれる形。「一陽来復」とは、本来、「陽」が1つだけ戻ってきたこの形を表すことばなのです。

 冬至は、太陽が昇っている時間が最も短い日ですから、「陰」の極みのはずなのに、そうはとらえないで、「陽」が戻って来る始まりだととらえて、「一陽来復」ということばを当てはめる。それは、いくら冬が厳しくても必ず春は訪れるという、季節の移り変わりに対する絶対的な信頼のなせる業でしょう。

 そこから、「一陽来復」は、〈悪いことが続くと、いずれ必ずよいことが起こる〉という意味でも使われます。季節であれ運勢であれ、やがてはきっとよい方向に変化する。「一陽来復」は、とことん楽観的な四字熟語なのです。

 さて、日本でも大人気の中国時代小説、『三国志演義』に、この四字熟語が関係するちょっとおもしろい場面があります。

 北から攻め込んで来た曹操軍を、劉備と孫堅の連合軍が迎え撃つ、有名な「赤壁の戦い」。その直前、劉備軍の軍師、諸葛孔明は、何やらあやしい術を用いて、ふだんは吹かない東南の風を起こしてみせます。

 時は折しも冬至のころ。急に吹き始めた暖かい風に、曹操の部下たちは不安を感じます。しかし、曹操自身は、「冬至は一陽が生じて来復する時、暖かい東南の風が吹いても怪しむには足りぬ」と、気にするようすもありません。

 しかし、これが、致命的な判断ミス。東南の風に乗って放たれた敵軍の火によって、曹操軍は壊滅的な敗北を喫してしまったのでした。

 「一陽来復」という明るい未来を信じて、目の前の季節の気まぐれになんか惑わされない。それはそれで、1つの知恵でありましょう。そういう意味で、曹操は立派な知恵者でありました。しかし、それを逆手に取った諸葛孔明の方が、1枚も2枚も上手だったのです。

 この場面の「一陽来復」には、常識的な知恵と、常識を超える知恵とのせめぎ合いが現れている。そんなふうに考えると、「赤壁の戦い」の場面がより味わい深くなるように思います。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「一陽来復」を調べよう。

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≪著者紹介≫

円満字二郎フ(えんまんじ・じろう)
リーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、NHK文化センター青山教室、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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筆者作成(フリー素材ぱくたそ(pakutaso.com)の写真素材を利用)

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