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四字熟語根掘り葉掘り25:「一騎当千」に見る日本語の歴史
2018.12.10
四字熟語といえば、中国の古典に由来することばだというイメージがあります。しかし、日本で独自に生み出されたものも少なくありませんし、さらに、仏教関係の書物を出典とする四字熟語も、一大勢力をなしています。
四字熟語の世界は、この3つの要素が混じり合って作り上げられている、といってよいでしょう。たとえば「一騎当千」にも、そのことが端的に現れています。
6世紀のことを記した中国の歴史書、『北斉書(ほくせいしょ)』に、ある将軍の強さを、〈1人で1000人の敵を相手にできるほどだ〉と表現した、「一人当千」という表現があります。日本語でも、武将の強さを表す四字熟語としてまず用いられたのは、「一人当千」でした。
実際、8世紀の初めに作られた『日本書紀』には、「一人当千」という表現が出てきます。また、鎌倉時代に出来上がったと考えられる『平家物語』や『源平盛衰記』にも、「一人当千」しか用いられていません。それが、室町時代になって完成したと考えられている『太平記』になると、「一人当千」も見られるものの、「一騎当千」の方が多く使われるようになるのです。
日本の武士は、源平合戦の昔から、馬にまたがって戦場を駆けめぐってきました。軍記物語の語り手たちは、中国由来の「一人当千」という表現を使いつつ、やがて、それを日本の騎馬武者の姿によりよく合うようにアレンジしていったのでしょう。
つまり、「一騎当千」とは、中国の古典に出て来る表現を下敷きにしつつ、日本で独自に生み出された四字熟語なのです。
それだけではありません。「一人当千」という表現は、仏教の書物にも使われています。
たとえば、2世紀の終わりに古代インド語から中国語に翻訳された『修行本起経(しゅぎょうほんぎきょう)』には、ある王には子どもが1000人いて、みんな気は優しくて力持ち、「一人当千」だった、という記述があります。このほか、3世紀に翻訳された『六度集経(ろくどじっきょう)』や、5世紀の『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』などにも、同じ表現を見ることができます。
となると、「一騎当千」の元になったのは、中国の歴史書の「一人当千」ではなく、仏教の書物の「一人当千」である、という可能性が出てきます。いや、そもそも中国の歴史書は、仏教の書物を踏まえて「一人当千」という表現を用いたのかもしれません。
その点を突き詰めることには、さほど意味はないでしょう。ただ、私たちの先人が、中国の古典や仏教の書物の影響を強く受けながら、日本語の世界を豊かに育んできたことだけは、確かなのです。
<参考リンク>
漢字ペディアで「一騎当千」を調べよう。
<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
<記事画像>
freehandz / PIXTA(ピクスタ)
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