新聞漢字あれこれ68　「青天を衝け」とルビの関係

著者：小林肇（日本経済新聞社 用語幹事）

　「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一（1840～1931）を主人公にしたＮＨＫ大河ドラマ「青天を衝け」が放映中です。テレビのタイトルをよく見ると、「衝」の字に「つ」と小さくルビが付いています。

　なぜ「衝」の字に「つ」の仮名が振られているのか。「衝」は常用漢字ではありますが、漢字表には音読みの「ショウ」しか示されていないからです。つまり「つ」は表外訓。新聞・放送では、固有名詞は表外字や表外音訓であっても原則読み仮名は付けないものですが、今回は読みやすく分かりやすいように、視聴者サービスとして「つ」を付けたのだと思われます。

　新聞では通常、「つく」と読む動詞「衝く」（表外訓）と「撞く」（表外字）については、意味が近い「突く」と書き換えています。例えばビリヤードは撞球（どうきゅう）と言いますが、「玉を撞く」とはせずに「玉を突く」と書き表します。また、ＮＨＫの場合は新聞と異なり「衝く」を「つく」と仮名書きにするのがルールのようです。ならば「青天を衝け」も「青天を突け」や「青天をつけ」とすればいいではないかという考え方もできますが、そう簡単にはいきません。

　ドラマのタイトル「青天を衝け」は、若き日の渋沢自身が詠んだ漢詩の一節「勢衝青天攘臂躋 気穿白雲唾手征」（青空をつきさす勢いで肘をまくって登り、白雲をつきぬける気力で手に唾して進む）が由来です。この場面は第７回（３月28日）放送で登場したので、視聴した方もいることでしょう。そういうわけで「衝け」を「突け」や「つけ」とするわけにはいかなくなってくるのです。渋沢の表記を尊重すべきものですね。

　円満字二郎さんの『漢字の使い分けときあかし辞典』は、「つく」の使い分けについて「ほとんどの場合は《突》を用いる」という基本を示したうえで、「相手に大きな影響を与える場合には、《衝》を用いると、効果が高い」としています。ドラマで見る渋沢は「《突》よりも破壊的・攻撃的・挑戦的なニュアンスが強い」（同辞典）という「衝」のイメージにぴったりのような気がしてきます。漢字の持つ意味の力は大きいですね。

≪参考資料≫

『ＮＨＫ 漢字表記辞典』ＮＨＫ出版、2011年
『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年
『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える！用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「衝」を調べよう
漢字ペディアで「突」を調べよう
漢字ペディアで「撞」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇（こばやし・はじめ）
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修･解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える！ 用字用語辞典』（共著、三省堂）、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』（共著、日経プレミアシリーズ）、『文章と文体』（共著、朝倉書店）、『日本語大事典』（項目執筆、朝倉書店）、『大辞林第四版』（編集協力、三省堂）、『加山雄三全仕事』（共著、ぴあ）、『函館オーシャンを追って』（長門出版社）がある。2019年９月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。