漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ50 社会的距離のあけ方

新聞漢字あれこれ50 社会的距離のあけ方

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 常用漢字表によれば、「あく・あける」に当てる漢字は「空」「開」「明」の3字あります。新聞でどのように使い分けているのか、間違いやすい例を挙げながら見ていきましょう。

 コロナ禍、私たちは日常生活でソーシャルディスタンス(社会的距離)を意識せざるをえない状況が続いています。エスカレーターに乗るときは「前の人との距離をあける」。社員食堂では隣の人との「座席間隔をあける」。これらは【空ける】と表記しています。「空」には「からっぽになる」ほか「隙間ができる」意味があるからです。「距離がひらく」などとも言うためか、校閲をしていると「距離を開ける」もよく見かけますが、「空ける」に直しています。

 少し悩ましいのが「穴をあける」。新聞各社の用字用語集では【開ける】と例示しています。では「予定に穴があく」と言う場合は、どうしたものでしょう。「スケジュールが空白になる」とも言いますし、実際、記者も「穴を空ける」と書いてくることがよくありますが、これは「開ける」としています。参考ですが、円満字二郎さんの『漢字の使い分けときあかし辞典』には「なにもない〝穴〟そのものを指す場合には《空》を用いる。(中略)何かが出入りする〝穴〟の場合は、《開》を使うことになる」と使い分けの説明がされています。難しいですね。

 「連休があける」と言えば【明ける】になります。「夜が終わって『明るく』なるところから、〝ある時期が終わって、新しい時期が始まる〟という意味で用いるのが、代表的な使い方」(漢字の使い分けときあかし辞典)ですので、連休が終わって仕事や学校が始まる場合は「連休明け」。かつて手書き原稿で「ゴールデンウイーク開け」と書いてきた記者がいましたが、「開け」では始まる(オープン)になり、意味が正反対になってしまいます。

 数カ月前の記事で、こんな間違いがありました。「ワインを1本開けて苦労話などをよく聞いた」。お酒の瓶をからっぽにするまで飲んでじっくり話をしたのなら、「空けて」とすべきだったでしょう。「開けて」では栓を単に抜いただけの意味になってしまいます。なかには「2人でワインを1本空けただけでは話にもならない」と言う酒豪の人もいましたが、誤っているのはお酒の本数ではありません。念のため。

 空・開・明の使い分け。文脈によって特に意味の変わらないものもあれば、全く違ってしまう場合もあります。やさしい漢字だからこそ丁寧に扱いたいものです。

≪参考資料≫

朝日新聞社用語幹事『朝日新聞の用語の手引〔改訂新版〕』朝日新聞出版、2019年
NHK放送文化研究所編『NHK漢字表記辞典』NHK出版、2011年
円満字二郎『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
共同通信社『記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集』共同通信社、2016年
産経新聞社『産経ハンドブック 平成24年版』産経新聞社、2012年
時事通信社『最新 用字用語ブック[第7版]』時事通信出版局、2016年
新聞用語懇談会編『新聞用語集2007年版』日本新聞協会、2007年
日本経済新聞社『NIKKEI用語の手引 2017年版』日本経済新聞社、2016年
毎日新聞社『2019年版 毎日新聞用語集』毎日新聞社、2019年
前田安正・関根健一・時田昌・小林肇・豊田順子『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年
読売新聞社『読売新聞 用字用語の手引 第6版』中央公論新社、2020年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「空」を調べよう
漢字ペディアで「開」を調べよう
漢字ペディアで「明」を調べよう
「NIKKEIことばツイッター」はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

イシオ/PIXTA(ピクスタ)

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