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あつじ所長の漢字漫談19 雪降る寒い日

2017.12.19

あつじ所長の漢字漫談19 雪降る寒い日

 テレビで放送される天気予報に、「西高東低」とか「冬型の季節配置」とかの表現が聞こえてくる季節となりました。「シベリア寒気団」ということばなどを聞くと、思わず身ぶるいしてしまいそうになりますね。

 漢字ミュージアムのある京都では冬の寒さを「底冷え」と表現し、比較的温暖な関西では寒い方ですが、それでも気温が氷点下に下がる日はめったにありませんし、最近は地球温暖化の影響なのか、雪もむかしほどは降らなくなりました。北海道や東北、あるいは北陸や信州の山間部などの寒冷地方では最低気温が0度を下回ることもすでに珍しくないようで、天気図でのその地域には、早くもかわいい雪だるまのマークや、怖い顔をした冬将軍が登場しています。

 「雪」という漢字は《雨》の下に鳥の羽根を描いており、水滴が鳥の羽根のように空からヒラヒラと舞い落ちる形をかたどった象形文字として甲骨文に登場します。雪が舞い落ちる形はとても美しいもので、童謡「雪やこんこ」でも、雪が降るとイヌは喜んで庭を駆けまわることになっています。以前にわが家にいた小さなイヌもやはり雪が好きで、白いものがチラチラ舞いだすと興奮し、そわそわしていました。雪には生物を感動させる、ある種の美しさがあるようです。

 今から千九百年前の中国で、許慎という学者が作った『説文解字』という字書は、「雪」という漢字を「氷の雨なり、物を説(よろ)こばせる者なり」と解釈しています。この「説」は実はここでは「悦」(よろこぶ)という意味で使われており、「説」と「悦」はどちらも右側に配置される《兌》という要素で全体の発音を表していることからわかるように、二つの漢字はもともと非常によく似た発音でした。

 中国の古い文献ではこのように、ある漢字をそれと同じ発音か、または非常に近い発音の漢字におきかえて解釈することがよくあって、『説文解字』でも「雪」(セツ)を「説」(セツ)におきかえ、それをさらに「悦」(エツ)に置き換えて解釈しているわけです。それにしても、雪は万物を喜ばせるものであるという解釈は、「雪やこんこ」を思い出させて、なんとなくほほえましい感じがしませんか。

  京都にかぎらず、関西ではたまに雪が降ったら、雪道用タイヤなど持ちあわせていない車があちらこちらで滑って事故を起こしたり、立ち往生したりするので、道が大渋滞してにっちもさっちもいかなくなりますが、そんな中でも子供たちとイヌは大喜びではしゃぎまわり、泥だらけの雪だるまを作ったり、しっぽをふって珍しそうに空を見あげるのが、なんともほほえましいものです。

 でも連日のように雪に埋もれる北国の生活は、さぞかし大変なことだろうとご同情申し上げます。冬はこれからが本番で、しばらくは寒い日々が続くことでしょう。こんな日には、こたつに入ってミカンなど食べ、のんびりとテレビを見るという小市民的な幸せにひたるのが最高だと思うのは、決して私一人ではないにちがいありません。

 それでも各種の暖房器具が整った現代なら、少々寒くてもなんとかなりますが、昔はさぞかし大変だったことでしょう。そんな古代人の防寒の様子が、「寒」という漢字によく現れています。



 今から三千年ほど前に使われていた甲骨文字の字形では、「寒」は《宀》の下に《艸》(くさ)と《二》がある形に描かれています(《二》がない場合もあります)。

 《宀》、すなわちウカンムリは家の屋根を表していて、その下に《艸》(=草、くさ)を半分にした形がいくつか描かれ、その下にある《二》という形は数字の2ではなく、おそらく枯れ草やワラなどをたくさん積みあげて作った布団を敷いた形を表しています。

 つまり「寒」という字は、家の中に枯れ草やワラなどをたくさん積みあげて作った布団に人間がくるまっている形で、そこから「さむい」という意味を示すしくみになっています。

 古代中国人は枯れ草やワラを廃棄物などとはせず、大切に残してちゃんと上手に利用していたわけです。現在流行しているいい方でいえば、「地球に優しい防寒方法」ということになるでしょうか。

《参考リンク》
漢字ペディアで「雪」を調べよう。
漢字ペディアで「寒」を調べよう。

《著者紹介》
atsuji_muse.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像
阿辻哲次(あつじ てつじ)
京都大学名誉教授 ・(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所所長

1951年大阪府生まれ。 1980年京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。静岡大学助教授、京都産業大学助教授を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。文化庁文化審議会国語分科会漢字小委員会委員として2010年の常用漢字表改定に携わる。2017年6月(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所長就任。専門は中国文化史、中国文字学。人間が何を使って、どのような素材の上に、どのような内容の文章を書いてきたか、その歩みを中国と日本を舞台に考察する。
著書に「戦後日本漢字史」(新潮選書)「漢字道楽」(講談社学術文庫)「漢字のはなし」(岩波ジュニア新書)など多数。また、2017年10月発売の『角川新字源 改訂新版』(角川書店)の編者も務めた。
●『角川新字源 改訂新版』のホームページ
 

《記事写真・画像出典》
・記事上部画像:1980年3月 大雪の北京・頤和園に遊ぶ著者
・記事中画像:雪・寒の甲骨文字 『甲骨文字典』北京工芸美術出版社

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