ジスク・マシュー・ヨセフ先生が漢検漢字文化研究奨励賞「最優秀賞」を受賞!
こんにちは、漢字カフェ担当のカンキツです。
今回は、2023年度(第18回)漢検漢字文化研究奨励賞の「最優秀賞」を受賞された東北大学大学院国際文化研究科准教授のジスク・マシュー・ヨセフ先生にお話を伺いました。アメリカ出身のマシュー先生が漢字研究者になるまでの道のりや、今後の抱負とは・・・?
■漢検漢字文化研究奨励賞とは
漢字研究、漢字に関わる日本語研究、漢字教育など、広く漢字文化に関わる分野における優れた学術的研究・調査等に対して、その功績をたたえ社会全体に広く公表していく制度です。将来一層発展することが有望視される、若い世代(応募締切日時点での満年齢が45歳未満)の清新な学究の優れた研究論文を選考し、更なる深化を奨励するため、懸賞論文形式の「漢検漢字文化研究奨励賞」を設定しています。
Q.「最優秀賞」受賞を知った時のお気持ちは?
とにかく、嬉しかったです!平成20年度(第3回)に「優秀賞」を受賞したことがあるので、次に応募したときは「優秀賞」より上の「最優秀賞」しか取れないと分かっていました。最優秀賞はハードルが高く、納得がいくものが書けるまで15年かかりました。半ばダメ元で応募してみたのですが、受賞通知を頂いたときは半信半疑ですごく驚きました。
Q.今回受賞された研究内容について、概要を教えてください。
今回の論文のタイトルは「訓点語の文法化―漢字・漢語による模倣借用との関連から―」です。主に漢文訓読で使われている表現・語彙が文法化していった現象を調査しました。
文法化とは、語彙的な意味(=具体的な意味)をもつ言葉が、文法的な意味を担うことを表します。漢文訓読にはこのような例は非常に多く、例を挙げると「およぶ」「ならぶ」はもともと「場所に届く」「一列に位置する」という意味を持つ動詞でしたが、後に「および」「ならびに」という形で接続副詞として「並列」という文法的な意味を担うようになりました。中国語では、「及」「並」は動詞と接続副詞の両方の意味を持っており、その影響で日本語でも同様の事象が発生したと見られています。このような例をいろいろ取り上げて、どのようなプロセス(借用)を経て元の日本語が文法化していったのかを考察したのが今回の論文です。
Q.最初に漢字に興味を持ったきっかけは?
日本に興味を持ったきっかけは、子どもの頃にテレビで見た『Big Bird in Japan』というセサミストリートの番組でした。小学校2年生の時には、学校で「自分が行きたい国のパンフレット を作る」という課題があり、その時にも日本を選んだことをよく覚えています。その頃からずっと日本は魅力的な国だと思っていました。
マシュー先生が小学2年生の時に作成された、「日本のパンフレット」
日本語を勉強するきっかけとなったのは「日本のゲーム」です。私はゲームが大好きで、1990年頃アメリカで日本のゲームが爆発的に流行した際、英語版ではなく日本語版で遊べたらいいなと思い、日本語を勉強しようと思いました。
高校生の頃には、漢字辞書を毎晩寝る前に読むほどの「漢字オタク」でした。高校2年生の時、交換留学生として日本に行けることになり、「日本に行くまでに常用漢字を全部覚えよう!」と毎日努力したものです。しかし最初のころは授業についていけず、多くの時間を図書館で一人で過ごしていました。その図書館で出会ったのが『大漢和辞典』です。『大漢和辞典』には、珍しい漢字、日本人でも知らない漢字がたくさん載っていて、漢字を調べれば調べるほど英語(アルファベット)にはない面白さを感じました。
Q.漢字研究者になろうと決めたきっかけは?
当初はゲームプログラマーになろうと思い、ペンシルバニア州立大学のコンピューターサイエンス系の学部に入学したのですが、プログラミングの授業の成績は良かったものの、必修科目となっていた微分積分では良い成績が取れず、途中で日本語と比較文学のダブルメジャーに転向しました。当時は研究者になろうとは思っておらず、翻訳・通訳系の仕事でもしようと思っていました。しかし幸いなことに3年生の時に東北大学文学部国語学研究室に留学する機会に恵まれ、その一年間が非常に充実していたので、大学院から国費留学生としてまた東北大学に入り、修士号・博士号を取りました。
大学院で佐藤喜代治先生著『漢字と日本語』に出会い、そこには「漢字は日本語の意味に影響を与えることもある」と書かれていることに興味を持ちました。まだ研究されていない分野であるということを知り、私も調査しようと思ったのが研究の出発点です。これは平成20年度(第3回)に「優秀賞」を受賞した論文の研究テーマでもあります。
Q.今後の展望を教えてください。
国際的に活躍できる研究者を目指し、数年前から海外の方との共同研究に積極的に参加しています。日本の漢文訓読で訓点をつける習慣は、ヨーロッパの古いラテン語の文献に英語やドイツ語などの注釈・注解をつける文化に似ているという比較研究が近年あるので、自分もその研究の最先端に立ちたいです。
私は英語母語話者でありながら、大学・大学院から日本の大学で日本語学を学び、日本語学の論文を日本語でも英語でも書けることが自分の強みです。漢文訓読のような複雑な概念や古代日本語からの用例などを英語で説明するのは大変難しいのですが、漢字の分野では英語で論文を書いている方が少ないので、今後はもっと英語でいろいろと紹介していきたいと思っています。
漢字は面白くて、奥深い。字そのものの歴史もあってロマンが多い。漢字についてまだ解かれていない謎が山ほどあります。これから調べなければいけないことがいっぱいあって、一生あっても終わらない。漢字の歴史研究は、非常にやりがいがある分野だと思います。
≪参考リンク≫
漢検漢字文化研究奨励賞 ジスク・マシュー・ヨセフ先生の受賞論文
・2023年度(第18回)最優秀賞「訓点語の文法化―漢字・漢語による模倣借用との関連から―」
・平成20年度(第3回)優秀賞「和語に対する漢字の影響-「写」字と「うつす」の関係を一例に-」
≪インタビュイー紹介≫
ジスク・マシュー・ヨセフ
東北大学大学院 国際文化研究科 准教授。1984年生まれ。アメリカ出身。専門は日本語学・日本語史。日本漢字学会評議員、日本語学会広報委員長、学会国際化推進委員長。訓点語学会運営委員等を歴任。