歴史・文化

漢字コラム44「票」火の粉がふわふわ

漢字コラム44「票」火の粉がふわふわ

著者:前田安正(未來交創株式会社代表取締役)

 亥年は選挙の年です。4年に1回の統一地方選挙と3年ごとに半数改選される参院選挙が重なるのです。さらに今年は、参院と衆院の同日選挙があるではないか、といった臆測が流れては消え、消えて流れしています。今回は投票の「票」について見ていきます。

 国会で表決を記名で行う場合、賛成には白票、反対には青票を使います。票は「札」という意味でもっぱら使われています。投票とは、可否の札を投ずること。「わずか3票差で敗れた」などのように、助数詞としての使い方は、日本独自のものです。

 ところが、票はもともと「火が飛ぶ」「火の粉が舞う」という意味で、火に関連した字だったのです。「票」の形を見ても、火との関係を想像することは難しいですね。しかし漢字の古い書体の一つである、小篆(しょうてん)などに描かれる字「」を見ると、字の下の部分に「火」がついています。火の粉が舞うように「上がる」「軽い」「揺れ動く」などが、「票」が持っている字のイメージだと捉える説があります。

 世事にこだわらないことを「飄々(ひょうひょう)」と言います。「飄然」は「ふらふらして定まらないさま」「はっきりした用事や目的もなくふらりと来たり、ふらりと立ち去ったりするさま」を言います。いずれも「飄」には「軽い」「揺れ動く」など共通のイメージが見えます。

 手元の辞書によると「ヒョウ」という音を持つ字のうち、「票」が構成要素になっているものは30以上あります。たとえば「僄」は身軽ですばやいさま、「剽」はかすめる・おびやかす・急に人を襲う、「漂」はただよう・軽く水の表に浮かぶ、「熛」は舞い上がる火の粉、「翲」は高いところをふわりと飛ぶ、「驃」は馬が軽々とかけていくいくさま、などです。先にも挙げたように「あがる」「軽い」「揺れ動く」などの共通点とともに、そこから「すばやい」などの意味に展開していることがわかります。

 こうしてみると、伝票や小切手などの原票、古い言い回しだと車票(切符)、票箋(付箋)、鈔票(しょうひょう〈紙幣〉)といったものも、軽くてヒラヒラした薄い紙を指していることがわかります。「標」は、高く空中に上がった「梢(こずえ)」、高く掲げた「目印」「的」のことです。ここにも「軽く空中に浮き上がる」という共通の意味を含んでおり、表面に現れる、目立つように掲げるという意味に展開したとも言われています。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「票」を調べよう。

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≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「漢字ときあかし辞典」(研究社 円満字二郎著)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照
前田安正オフィシャルサイト「ことばデザインワークス・マジ文ラボ」https://kotoba-design.jp/

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
文章コンサルティングファーム「未來交創株式会社」代表取締役。朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長。
早稲田大学卒業。事業構想大学院大学修了。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校、オンライン学習サイトSchoo(スクー)で文章教室を担当、自治体や企業の広報研修などにも多く出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)。2017年4月発売の『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)は8.5万部を突破。6月に『3行しか書けない人のための文章教室』(朝日新聞出版)を発売。2018年7月に『クレオとパトラのなんでナンデさくぶん』(大和書房)、2019年2月『ヤバいほど日本語知らないんだけど』(朝日新聞出版)を発売。
一部地域を除き、4月から朝日新聞土曜夕刊にコラム「あのとき」を連載(マジ文ラボからも読めます) 。
前田安正オフィシャルサイト「マジ文ラボ」はこちら

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