まぎらわしい漢字

新聞漢字あれこれ20 「土」に点を打つのはどの位置か

新聞漢字あれこれ20 「土」に点を打つのはどの位置か

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 漢字を書く際に最後に点を打つ位置といえば「犬」や「代」などのように右上になることもあれば、「太」や「玉」のように下の方に打つ字もあります。では「土」に点を打つとした場合、どこになるのでしょうか。

 「土」の異体字

 飲食店を星の数で格付けする『ミシュランガイド』の愛知・岐阜・三重特別版が発売され、話題となりました。これに先立つ5月14日の出版記念パーティーの様子を伝えるテレビや新聞の報道では、掲載店の名前などが大きく取り上げられていました。そのなかで気になったのが、最高の三つ星を獲得した3店のひとつ「ひじかた」と読む日本料理店。一般的な表記なら「土方」なのですが、この店は異体字の「土(画像の①の形。以下①)を使っていたからです。

 15日付の朝刊を編集する時間帯、ミシュランの記事を出稿してきた名古屋支社編集部から校閲を担当する記事審査部に「土に点のついた字」の作字依頼がありました。作字とは、新聞編集用に保有していない特殊な文字を新たに作ることで、新聞社では校閲部署が作ったり発注したりすることになっています。本来なら作字をせずに常用漢字の「土」を使うべきものでしたが、注目される店名という特殊要因もあり、他店と間違われることのないよう例外的に作字することにしました。

 「土」の異体字が書かれたお店の暖簾とはいえ「土」には点の位置が異なる2種類の異体字がJIS第3水準にあるため、出稿元に点の位置を確認したところ、発表資料が「土(①)」だったこともあり、紙面では右上に点のくる「土(①)」を使用することになりました。新聞各紙を見ると、常用漢字を使う社もあれば「土(①)」の社もありました。ただインターネットで検索した際に見た店の外観写真で、点の位置の異なる「土(画像②の形。以下②)が写っていたことがひっかかりました。手書きと印刷文字では微妙に違いがあるとしても、この店の場合はどちらだったのか。後日、『ミシュランガイド』で確認すると「土(①)方」となっていましたので、紙面製作において「土(①)」にしたのは正しい判断だったと思います。ちなみに「土」に点を打つのは「漢代の石碑で、『士』との混同を避けるため」(角川新字源)とされ、特に点の位置で意味に違いはなく、あまり気にしなくてもよかったのかもしれません。

 「土」の異体字が書かれたお店の看板5月23日、日本新聞協会の新聞用語懇談会春季合同総会が新潟市で開かれ、出席してきました。この会議は全国の新聞・放送・通信社の用語担当者が報道で使う言葉について議論する場です。数時間の討議を終え、同僚と市内の飲食店で軽く会議の打ち上げをすることになりました。同僚が予約した店の名前は「土(②)筆」で、点が右上ではない「土(②)」。意識的に異体字の店を選んだわけではありませんでしたが、看板とのれんの「土(②)」の字を見て、「点の位置はいろいろあるんだよなあ」などと語りながら、地酒と日本海の幸を味わいました。

≪参考資料≫

阿辻哲次ほか編『角川新字源改訂新版』KADOKAWA、2017年
江守賢治『正しくきれいな字を書くための 漢字筆順ハンドブック第三版』三省堂、2012年
小池和夫『異体字の世界』河出書房新社、2007年
小駒勝美「わずか一点一画違いのおもしろい異体字」毎日新聞1991年9月3日付夕刊
笹原宏之『国字の位相と展開』三省堂、2007年
芝野耕司編『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
新潮社編『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
ユニコード漢字情報辞典編集委員会『ユニコード漢字情報辞典』三省堂、2000年
『新版 人名用漢字と誤字俗字関係通達の解説』日本加除出版、1995年
『ミシュランガイド愛知・岐阜・三重2019特別版』日本ミシュランタイヤ、2019年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「土」を調べてみよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

全て著者が撮影したもの

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