四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り43:「蛙鳴蟬噪」に耳を澄ませば……

四字熟語根掘り葉掘り43:「蛙鳴蟬噪」に耳を澄ませば……

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 カエルがゲコゲコ鳴き、セミがミンミンと騒ぎ立てる。うるさいといえばもちろんうるさいですが、それはそれで夏の風物詩。都会に住んでいると、特にカエルの歌声とはとんと縁がなくなりますから、何やらなつかしいような気分にもなります。

 さて、「蛙鳴蟬噪(あめいせんそう)」とは、そんな夏の音から生まれた表現。四字熟語としては、〈つまらないことをガヤガヤと言う〉ことのたとえとして使われます。カエルさんやセミ君が、ちょっとかわいそうですね。

 ただ、「蛙鳴」については、おもしろい話が2つあります。

 1つめは、3世紀の後半、中国でのこと。時の皇帝が、あるとき、カエルが鳴いているのを聞いて、近くにいた側近に「このカエルは官のカエルか、私のカエルか?」と、奇妙なことを尋ねました。困った側近は、「官有地にいれば官のカエルですし、私有地にいれば私のカエルです」と答えたということです。

 この皇帝、飢饉の年、庶民が飢え苦しんでいると聞くと、「どうして肉入りのかゆを食べないのだろう?」といぶかしんだのだとか。まったく、マリー・アントワネット顔負けのエピソードで、暗愚な皇帝として知られています。

 2つめは、時は変わって、5世紀の中国。孔稚珪(こう・ちけい)という風流人のお話。この男、仕事なんかほったらかしで、自邸の庭に山や池をしつらえて、それを眺めながら一杯、傾ける、という毎日。ところが、庭の手入れはしないので、そのうち草がぼうぼうに茂り、カエルがガアガア鳴きわめくという状態になってしまいました。

 友人にそれをからかわれた孔稚珪さん、笑ってこう答えたのだとか。「オレにとっては、これも立派なオーケストラさ」。こちらは、その風流を称えるエピソードとして、語り継がれています。

 つまり、カエルの鳴き声をどう聞くかは、聞く方の気持ち次第。とすれば、先の皇帝の問いかけをどう聞くかも、こちらの心の持ちよう1つで変わるはずです。あるいはその皇帝は、生まれるべき家に生まれていれば、常人とは異なる発想をするけっこうな芸術家として、名を成していたのかもしれません。

 残暑の厳しいこの季節、「蛙鳴蟬噪」をうるさく感じたら、それは心がささくれ立っている証だという可能性あり。何か気分転換をした上で、改めて耳を傾け直してみると、これまでは気づかなかったオーケストラの妙なる響きが、聞こえてくるかもしれませんよ。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「蛙鳴蟬噪」を調べてみよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!

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eri/ PIXTA(ピクスタ)

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