新聞漢字あれこれ159 「新」 2024年「今年の良い漢字」
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
12月12日に日本漢字能力検定協会から発表された世相を表す「今年の漢字」は「金」。5回目の選出でいずれも夏季五輪・パラリンピックの年になります。それだけ日本人アスリートの活躍と金メダル獲得の印象が強いのでしょう。このコラムでは学生が選ぶ恒例の「今年の良い漢字」で一年を締めくくりたいと思います。
専修大学国際コミュニケーション学部で「メディア日本語論1」を受講している学生に、今年の「良い漢字」とその選定理由を尋ねました。履修登録者は日本語学科1~3年生38人、異文化コミュニケーション学科3年生5人の計43人。そのうち37人が回答してくれました。
1年生の受講生が多いことから、大学生になって迎えた新しい生活環境などを表す字が目立って選ばれています。字種は28字に上りました。その中で一番多かったのが「新」の5人。「新しく始めたことが多い年」「新しい友人ができた」といった理由のほか「新紙幣の発行」を挙げてくれた人もいました。今の大学生にとっては肖像画の人物がかわる「改刷」は初めての経験なのですね。
参考ですが、2位は「一」「成」「会」「選」「学」のそれぞれ2人。「一」は新生活のスタートを表しています。「成」は自分自身の成長で、「会」は新しい友人との出会い、「選」には選挙のほか自ら選ぶ選択の意味も込められていました。「学」は当然ながら大学での学びになります。
今年、学生が選んでくれた28字の中で私が特に印象深かったのは「一」でした。学生が書いてくれた理由を引用します。
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個人的なことではありますが、今年は大学入学を皮切りとしてさまざまなことが一からスタートした年でした。中でも特に大きかったのが、一人暮らしを始めたことです。初めは家族とも友人とも離れ離れになり、部屋に自分しかいないことに寂しさを感じていました。しかし、週に一度の家族とのビデオ通話の時間やたまに友人から電話がかかって来たときは静かだった部屋が笑い声で一気ににぎやかになり、それが精神的な支えにもなりました。離れていても誰かが私を見守ってくれている。一人暮らしは「一人」だけど「独り」じゃない。そう実感したことで、私にとって「一」という漢字は少しだけ特別なものになりました。
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新聞では「一人暮らし/独り暮らし」「一人住まい/独り住まい」の表記は使い分けることになっていますが、この文章を読んで、使い分けの真の意味が分かったような気がしてきました。一人ひとりにそれぞれ特別な漢字があります。今年も「新聞漢字あれこれ」をお読みくださり、ありがとうございました。読者の皆さんにとって2025年が今年以上の良い年になりますように。
次回、新聞漢字あれこれ第160回は1月8日(水)に公開予定です。
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「一」を調べよう
漢字ペディアで「独」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。