新聞漢字あれこれ82 誤読で起こるミスいろいろ
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
パソコンで記事を作成すれば、キーボードの打ち間違いによる入力ミスや、同音異義語・同訓異字の変換ミスはよくあることです。これとは別に厄介なのが誤読が原因で起こるミス。第44回で取り上げた「年俸・年棒」「給油・給湯」以外にもいろいろあります。
①全5試合で1点差勝利は3試合と、接戦で部類の強さを見せた。
これは無類(むるい)が正しく、部類(ぶるい)は誤り。常用漢字表の「無」には、ムとブの2つの音読みがあることから、「ぶるい」だと思い込んだ人がそのまま入力し、部類となってしまったというものです。こうした思い込みは、本人は正しいと思っているわけですから実に厄介なものです。
②A大学は懲戒委員会でB教授の処分を検討し、11月30日付で論旨退職とした。
これは似た別字を含む熟語と思い込んでしまったケースだと考えられます。もちろん論旨(ろんし)という語はありますが、文脈からここは諭旨(ゆし)が正解。漢字が得意な人から見れば信じられないような間違いだと思いますが、まれにこんなミスに出合います。
③賃借対照表
これも②と同じケースでしょう。バランスシートのことなので、賃借(ちんしゃく)ではなく、貸借(たいしゃく)対照表。②③とも、正しい読み方を知っている人でも文脈などからつい正しいと判断して見落としやすく、悩ましいものです。
④大谷、103年ぶりの快挙に大手
こちらはネットニュースで見かけた見出しの誤字。大手(おおて)ではなく、王手(おうて)が正解になります。口頭ではどちらも「オーテ」と言うのでしょうが、仮名遣いは異なるわけです。①②③よりも「見れば分かる」ものではあるでしょう。この誤字は記事よりも見出しに多いというのが特徴といえるのかもしれません。
⑤脈略のないやりとりが続く。
正しくは脈絡(みゃくらく)。脈略(みゃくりゃく)のほうが言いやすいからなのでしょうか、この間違いはかなり多く見られます。なんと、ある国語辞典の最新版には「脈略のない」という誤った記述がありました。遡って確認したところ約20年前の初版から間違っていました。それだけ誤りやすい語だと言えますね。
これらの誤りはクイズとして楽しむならいいのでしょうが、実際の校閲作業で遭遇すると大変です。1字1字チェックしているつもりでも、つい読み手側も「正しい」と思い込んでしまい、見落としがちです。「こんな間違いをして」と読者の方々からお叱りを受けないようにしなければなりません。かつて嫡出(ちゃくしゅつ)が摘出(てきしゅつ)になっているミスもありました。思い込みにより発生する誤字は常に校閲記者の前に立ちはだかります。気を緩めることはできません。
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「賃」を調べよう
漢字ペディアで「貸」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
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