まぎらわしい漢字

新聞漢字あれこれ24 「株式曾社」のどこが変?

新聞漢字あれこれ24 「株式曾社」のどこが変?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 ここ数年、新人記者研修で指導担当をしています。まず初めに取り組ませるのが、漢字の旧字を常用漢字に直すという10の問題。これが意外と難しいのです。

 日本漢字能力検定の1級取得者なら、旧字を新字に直すのは簡単でしょうが、こうした学習をしていない人にとっては、なかなか難しいところがあります。全10問をお見せするわけにはいきませんが、いくつか例を挙げると「龍→竜」「廣→広」は正答率が90~100%と高いのですが、「鹽→塩」あたりになるとぐっと下がって5%程度になってしまいます。基本的に義務教育では旧字を学びませんし、大学の入学試験にも出題されませんので、できなくても当然です。

 入社したての新人記者たちに研修で旧字を新字に直させる趣旨は、自分の分からない字を読者に押し付けるのは良くないということを教えるところにあります。そして新聞が常用漢字を主体とした漢字表記をするという原則を説明するためでもあります。いろいろな年代の方を広く読者対象とする新聞は、多くの人にとって分かりやすい字を使わなければならないからです。さらに今年の研修では、10の設問のほか資料として旧字の誤用例の写真を1枚加えました。

 旧字と誤りやすい字の一覧
読者の皆さんは、画面トップの写真のどこに誤りがあるかすぐに気づかれたでしょうか。本来「会」の旧字「會」であるべきところが、「曽」の旧字の「曾」になってしまっているのです。これは4月末に取材に向かう途中で偶然に見つけた、ある企業の出入り口にあった社名を書いたプレートの一部です。曾と會では確かに似ているため、何か事情があったのか間違ってしまったのでしょう。

 新聞でも危うく旧字の誤字が紙面に載りそうになったり、実際に誤って紙面に載ってしまったりすることがあります。そういったことを少しでも食い止めるため、新人記者たちの印象に残るように、あえて誤字の写真を研修材料として取り上げたのでした。すぐに誤りに気づく者、「横棒が1本違うのですね」と感心する者、頭をひねるだけの者など新人たちの反応も様々でした。自分の姓に「曽」の字を持つ新人が分からないのには少し驚きましたが、それだけ若い人は旧字になじみがないということなのかもしれません。

 ひととおり研修が終わった後、新人たちに「何か質問は?」と尋ねると、「字の間違いを会社に教えてあげたのですか?」という鋭い指摘を受けました。実はまだ何もしていません。ひょっとしたら、見た人を楽しませるためにわざと間違えているという可能性もあります。でも、そんなことはないですよね。もう一度現地に行って誤字のままだったら、先方に伝えることにします。

≪参考資料≫

『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年
『常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)』文化庁文化部国語課、2011年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「曽」を調べよう
漢字ペディアで「会」を調べよう


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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

著者が撮影したもの

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