歴史・文化

漢字コラム2「東」―日は木の間から昇ってくる?

漢字コラム2「東」―日は木の間から昇ってくる?

著者:前田安正(元 朝日新聞校閲センター長)

 「杳」と「東」と「杲」
 三つの漢字をよーく見比べてください。何か気付きませんか?
 「木」と「日」の組み合わせ、かな。

 そうです。これらは全て「木」と「日」の組み合わせでできている、ように見えますね。「杳」はヨウと読み、暗いという意味です。「杲」はコウと読み、明るいという意味です。中国の辞書『説文解字』には、「杳」は「日が木の下にあるようす」、「杲」は「日が木の上にあるようす」と書かれています。

 面白いね。木の下に日が隠れていれば暗い、その逆に木の上に日が出ていれば明るい。単純明快でわかりやすいや。「東」は?

 問題はこの「東」。『説文解字』は「日が木の中ほどにあるようす」という官溥(かんぷ)という人の説を紹介しています。東は「木」の真ん中に「日」があるように見えます。官溥の説に基づけば、「杳」と「東」と「杲」は、日が昇るようすを時間ごとに追った形ということになります。それぞれ字の成り立ちがわかりやすいため、官溥の説が長く「東」の字源だと信じられてきました。いまも多くの辞書は「東」を「木」の部首に置いています。ストーリーとしては面白いのですが、ちょっとおかしいと思いませんか。

 えっ、どこかおかしい? 

 「木の下や上にあるようす」から「杳」は「暗い」、「杲」は「明るい」という形容詞の役割を持っています。「東」に「薄明るい」などという意味があるのなら関連性はわかるのですが、そうした意味はありません。また「東」が日の上る方角を表しているのに、「杳」が東、「杲」が東や南を表すといった記述は辞書に見当たりません。「杳」と「杲」にある関連性が、「東」にはないのです。

 あれー、確かにそうだねえ。それじゃ、「東」は「木」と「日」に関係ないのかな。

 甲骨文・金文が発見され、「東」はもともと「両端をしばった袋」の象形だったことがわかりました。つまり「東」は「木」と「日」の組み合わせではなかったのです。

 漢字の成り立ちを考えるときに、その形から意味をくみ取ろうとしがちです。しかし、漢字より先に言葉(音)があったことを忘れてはなりません。日が昇る方角を表す漢字が定まっていなかった頃、この音に似ていた「東」(両端をしばった袋)という字を借りて、太陽の昇る方角を表すようになり、それが次第に定着したのです。こうした用法を仮借(かしゃ)と言います。

≪参考資料≫

「漢字の起源」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「甲骨文字小字典」(筑摩選書 落合淳思)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照

≪参考リンク≫

「漢字ペディア」で「東」を調べよう

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
元 朝日新聞校閲センター長
1955年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、2016年4月から朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長に就任予定。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)など。

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