歴史・文化

漢字コラム4 「文」を産み、「字」を育てる

漢字コラム4 「文」を産み、「字」を育てる

著者:前田安正(元 朝日新聞校閲センター長)

 漢字の「字」は「もじ」という意味なのに、なぜ「宀」と「子」の組み合わせでできているんだろう。

 確かに、不思議ですね。「宀」(ベン)は「家」の形を表したもので、「ウ冠」という部首にもなっています。「子」は、もちろん「こども」の姿を表したものです。「宀」も「子」も象形文字です。これが組み合わさった「字」は、家の中に「子」がいる様子を表していることになります。

 もともと「字」は「子どもを産む」「孕む」「養う」という意味でした。中国の字書「説文解字(せつもんかいじ)」にも同様のことが書かれています。ですから「字」の部首は、本来「宀」ではなく「子」です。辞書にもほとんど載っていないと思いますが、「慈しむ」という意味を表す「字愛(じあい)」という言葉もあります。いまなら「慈愛」と書くところですね。

 「子どもを産む」「養う」という意味と「もじ」とでは、関連性がないじゃない。
 
 そうですね。「説文解字」を作った許慎(きょしん)という人は、その序文で「(象形や指事など)物を真似て形をつくるものが『文』、(形声・会意など)そこから派生したものを『字』と言う。字は子を産み育てるように増えていく」と記しています。

 「字」が「宀」と「子」を組み合わせてできたように、漢字には、音と意味を表す字が組み合わさったり、二つ以上の異なる意味の字が合わせて作られたりしたものがたくさんあります。許慎は、こうした成り立ちを「子を産み育てるように増えていく」と表現したのです。「説文解字」は「文を説き、字を解く」字書なのです。

 もともと「文」は「ぶんしょう」のことだけを指していたわけではなかったんだね。文と文が組み合わされて「字」か。古代の人は、字を産み育てていったってわけか。

 「字」には「あざな」の意味もあります。儀礼について書かれた「礼記(らいき)」には「男子20歳で冠をかぶり、字(あざな)をつける」とあります。冠をかぶるということは元服(成人)するということです。あざなは正式な名前とは別の通称名で、中国では元服するとあざなをつけ、普段はこれを使っていたのです。あざな(字)をつけることが文字につながるという説もあるようです。

≪参考リンク≫

「漢字ペディア」で「字」を調べよう!

≪参考資料≫

「漢字の起源」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「甲骨文字小字典」(筑摩選書 落合淳思)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
元 朝日新聞校閲センター長
1955年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、2016年4月から朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長に就任予定。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)など。

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