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漢字コラム6「父」 権力の象徴?年配の男性?
2016.04.11
「父」について、中国の字書「説文解字」には「杖を挙げているようす」と記されています。説文が字源の解釈の基になっている字体(小篆)を見ると、細い棒のように見えるので、この解釈もうなずけます。しかし、それより前の金文を見ると、棒の部分が膨らんだ形に描かれています。灯火のようにも見えるので「火を掲げ持つ姿」という解釈もありました。「火を守る」人が一家の首長、つまり「ちち」だというのです。
しかし、現在では「杖」や「火」ではなく「石斧」「斧」を表しているのだというのが一般的な解釈になっています。「斧」という字そのものにも「父」が入っていますね。そのため「父」は「斧」の元になった字だとも言われています。
石斧を持つと、どうして「おとうさん」になるの?
そうですね。石斧が武器として用いられることもあるので、力・権力の象徴だ、という解釈が生まれました。しかし、この解釈には多くの学者が疑問を呈しています。むしろ「父」の「フ」という音が「夫」「甫」などと同様、「男」という意味を持っているというのです。
えっ、「夫」は何となくわかるけど「甫」は何だろう。
「甫」は杜甫という唐代の詩人の名前にも使われていますが、男性の美称だったりお年寄りの尊称だったりします。つまり成人男性をさすものなのです。「夫」も男という意味です。「父」は「年上の男性」という意味で、これもまた男性の美称に使われたようです。父親と年代の近い一族の男性を「諸父」と称していました。その後、父の兄を「伯父」、父の弟を「叔父」のように呼び分けるようになりました。
さらに「父」「夫」「甫」には「大きい」という概念があると言われ、それぞれに「丈夫」という意味合いが含まれています。
丈夫って元気ってこと?
「丈夫(じょうふ)」は背の高さが1丈(今の225センチ)の男のことです。225センチは誇張されたものでしょうが、「背の高い大きな男」のことを言ったのです。これらかの解釈から、「父」が権力の象徴ではなく「(斧を持って)力仕事をする壮年の男」「年上の大きな男」を指した字だったというのが一般的になっています。権力の象徴というのは、後の家父長制に合わせてできた解釈だとも言えます。
《リンク》
「漢字ペディア」で「父」を調べよう。
「漢字ペディア」で「夫」を調べよう。
「漢字ペディア」で「甫」を調べよう。
「漢字ペディア」で「丈夫(じょうふ)」を調べよう。
《参考資料》
「漢字の起源」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「甲骨文字小字典」(筑摩選書 落合淳思)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照
《執筆者紹介》
前田安正(まえだ・やすまさ) 朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長
1955年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)など。
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