歴史・文化

漢字コラム12「主」ひとところに留まり、じっと動かず

漢字コラム12「主」ひとところに留まり、じっと動かず

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)

 突然ですが、「主」の部首が何だかわかりますか?

 「主」は「あるじ」っていう意味だから「王」かな。

 考え方としては、それも一理ありますね。しかし、違うのです。「主」の部首は「王」の上にある「丶(てん)」です、「チュ」という音を持っています。

 えーっ、「丶」! てんでわからなかった。

 まあ、駄洒落はともかく、この「丶」は「ともしび」「灯火のほのお」の象形で、「主」のもともとの意味を表しています。金文に描かれた「主」という意味を持つ文字は「丶」だけで表されています。

 それじゃ、「丶」の下にある「王」は何を表しているの?

 「王」の部分は、燭台を表していると言います。つまり、「主」は「燭台の中の灯心」「灯火が燭台の上でじっと燃えているようす」を描いたものです。「じっと、ひとところにいる」というのが「主」のもつイメージになっています。「住」(ひとところにすむ)、「駐」(とまる)、「柱」(まっすぐ立つ)、「注」(ひとところに水をそそぐ)などにも、同様のイメージがあることがわかります。

 もともと灯火の意味だった「主」が「あるじ」という意味を持ったのは、家にじっと構えて動かない人、つまり「主人」なのだと言われています。場所を変えて一時的に身を寄せる「客人」と比較すると、その意味がはっきりすると思います。「灯火」の儀礼的意味に注目した説もあります。先祖や神をまつるための「灯火」を守る人が「あるじ」だという解釈です。

 「家」を国や組織に拡大して置き換えると「君主」「領主」、中心に据えるという意味に展開すると「主要」「自主」、中心になって物事を進めるということなら「主催」「主宰」、中心的立場、働きかけるということなら「主観」「主体」というように、意味の広がりとともに言葉もそれに付随して増えていったのです。


【おわび】参考資料にあげていた「漢字の起源」(加藤常賢著)は「漢字の起原」の誤りでした。大変申し訳ありませんでした。初回からの参考資料を訂正致します。

≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「主」を調べよう

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長
1955年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)など。

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