歴史・文化

漢字コラム14「歩」両足で地面をぺたぺたと

漢字コラム14「歩」両足で地面をぺたぺたと

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)

 「歩」は、文字が二つ組み合わされてできています。どういう文字の組み合わせだかわかりますか?

 それなら、簡単だよ。「止」と「少」でしょ。

 そうですね。では、「止」と「少」からどうやって「歩」の意味が生まれるかを説明できますか?

 えーっ! ああ、「止まることが少ないから、歩き続ける」ってことになるんじゃないかな。

 まあ、悪くない解釈ですが、「歩」には「歩き続ける」という意味はないので、残念ながらこれでは不正解です。確かに「歩」の形からだとこういう解釈になるのも無理はありません。しかし、ちょっと違うのです。「歩」のもとの形を見ているとそれがはっきりします。
 
 実は「步」が「歩」の旧字、つまりもとの形です。「少」の3画目、右側の「丶」がありません。「歩」は近世の中国で発生した俗字とも言われていますが、日本では1949年の当用漢字字体表で「歩」に統一することになったのです。しかし、字の成り立ちを見るには旧字の「步」を参考にする必要があります。

 「步」は「足」を表す「止」とこれをひっくり返した「1tomeru.png」の組み合わせでできているのです。これで「左右の足を交互に出してあるく」、「足を地面につけてぱたぱたとあるく」という意味を表したものなのです。「あるく」という意味から、物事の移りゆくさま、物事の進み具合を言うようになり「国歩艱難(かんなん)」(国の進み方が難しい)などの言葉も使われました。さらに自らの立場やよって立つところを表すようになり、「地歩(を固める)」「初歩」などの言葉も生まれました。

 足を踏み出した幅を基準にして長さをはかるようにもなりました。片足を踏み出した長さを「跬(キ)」で表したのに対し、左右ふた足分(二歩分)の長さを「歩」で表しました。時代によっても長さの基準は違うのですが、「1歩」は6尺と言われ、だいたい135センチだったようです。面積の単位にも使われました。

 日本では「歩が悪い」「歩留まりがいい」などのように、もうけの割合や物事の優劣・勝敗などの形勢を表すようにもなりました。

≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「歩」を調べよう

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長

1955年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)など。

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