歴史・文化

漢字コラム15「正」「ただしい」は、攻める側の論理?

漢字コラム15「正」「ただしい」は、攻める側の論理?

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)

 「正義とは一線踏みとどまって、考えることだ」

 ある歴史ドラマでの台詞です。ここでは「正」を「一線踏みとどまる」と解釈しています。「義」が「考える」です。

 「正」は「一+止」で構成されています。「一」と「止」がそれぞれどういう意味を持つのかを、考えていきましょう。

 甲骨文字や金文を見ると、「一」の部分が「囗」で表されています。これは「周囲をかこむ」という意味を表しています。そこから「かこむ」「めぐる」という意味を持つ「囗(イ)」という独立した字にもなっています。「くにがまえ」という部首にもなって「国」や「囲」などに使われています。つまり「囗」は城壁に囲まれた都邑や城郭のことなのです。

 「囗」が「一」だってこと? ってことはもともと「囗+止」ってことになるね。

 そうです。「囗」が省略されて「一」になったと言われています。「止」は「足」の象形で、この場合「あるく」という意味になります。「都邑・城郭+あるく」が意味するものは、「都邑・城郭に向かって進む」ということになります。つまり「正」は町や城を「攻める」「進撃する」「征服する」という意味だったのです。

 えーっ! ってことは「一線踏みとどまって」とは逆の意味になるんだね。

 その解釈の方が腑に落ちる部分も多いのですが、残念ながら字源的には間違いということになります。

 「正」に「彳(ぎょうにんべん)」がついたものが「征」です。「彳」には「あるく」「すすむ」という意味があるので、「止=あるく」をより強調した形になっています。「征」には「征伐」「征服」などという言葉があるように「いく」「討伐する」という意味があります。

 この「征」のもとの字が「正」だと言われています。つまり、「正」と「征」は同じ意味を持つ字だったということでもあります。

 「正」は「足がひとところを目指して、まっすぐ進む」というイメージを持っているため、「乱れなどがなくまっすぐ」という意味を引き出し、「間違いや偽りがない(正確、正解)」→「間違いや偽りをただす(改正、是正)」→「まっすぐに当たっている(正面、正視)」→「中心的な(正式、正統)」などのように展開していったとみられます。

 一部の為政者が、戦いを中心に領土を拡張させていた時代です。「正」は、まさに古代の政治観、すなわち攻めて支配する側の論理を表しているとも言えます。字源とは別にして、「正義とは一線踏みとどまって考えること」とした解釈は、現代において「正」を考える上で示唆に富んだものだと思います。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「正」を調べよう

≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長
1955年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)など。

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