歴史・文化

漢字コラム22「輪」「まるく」つながる一体感

漢字コラム22「輪」「まるく」つながる一体感

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)

 「今年の漢字」(日本漢字能力検定協会主催)1位に選ばれた漢字の字源や意味を考えています。今回は2013年の「輪」についてです。

  「オ・モ・テ・ナ・シ」が流行語にもなったこの年に、2020年オリンピック・パラリンピックの東京開催が決まりました。まさに「五輪」の「輪」です。富士山が世界文化遺産に選ばれ、2014年のサッカー・ワールドカップ出場も決定しました。プロ野球では楽天が日本シリーズ初優勝を飾り、応援を通じて東北が一つの輪にまとまりました。1位に選ばれた「輪」に、多くの人が「一体感」「つながり」「協力」「連帯」といった意味を感じ取っているようです。

 「輪」は「車+侖」で出来ています。「侖」には「リン」という音があり、「順序よく並ぶ」という意味が含まれています。中国の字書「説文解字」によると「輻(フク)のあるのを輪、輻のないのを輇(セン)」と言います。「輻」はスポークのことです。つまり「輪」は「スポークのついた車輪」のことです。この軸から放射状に並んだスポークの形状が「順序よく並んだ」というイメージを生んだと言えます。「輪講」「輪番」などの言葉は「順序よく巡る」「順番にする」という意味から生まれたものです。「日輪」「輪郭」などのように、車輪に似た丸い状態のものを表す言葉も当然ながらあるのですが、中国でのイメージは、放射状に並んだスポークの工学的な部分に意識が働いていたようです。

 一方、日本では「輪=わ」は「まるく曲げたもの」「丸い形のもの」という意味が第一義にとられ、多くの国語辞典でも語釈の一番手に置かれています。もちろん車輪の意味もあるのですが、その丸い形状を指すことが多く、中国のように工学的な意識とは違っていたようです。「輪=わ」は、「円=まどか、まろし」「回=まはる」の「ま」に通じると、「大言海」などには記されています。

 「輪にまとまる」などの言葉は、「まどか」という言葉が持つ「穏やかなさま」「安らかなさま」「円満」「安穏」といった意味に通じるものがあります。2014年に1位に選ばれた「輪」の背景には、中国とは異なる日本独特の意識が働いているのかもしれません。

≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「輪」を調べよう

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長
1955年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)。

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