歴史・文化

「フランス」の漢字表記は?

「フランス」の漢字表記は?

 ヨーロッパの大国である「フランス共和国」のことを、日本では一般的に「仏蘭西」*1と漢字で書き、中国では「法蘭西(法兰西)」と漢字で書きます*2。

 中国語を勉強した人にはなじみがある、「仏」と「法」との違い。どこからこの違いが生まれたのでしょう。当コラムの作者も日中漢字表記の違いを疑問に思いつつ、頭の片隅にうちやって過ごしていたのですが、先日読んでいた本に、大変面白い記述を発見しました。

 その本とは千葉謙悟『中国語における東西言語文化交流 近代翻訳語の創造と伝播』(三省堂、2010年)です。地名や人名の漢字表記を分析し、近現代の中国語、および西洋と東洋との言語交流とを検討した本で、第39回金田一京助博士記念賞(2011年)を受賞しています。今回の話題である「フランス」の漢字表記については、第二部第一章「音訳語における基礎方言シフト」(pp.71-83)で取り上げられています。関連する部分を簡単に紹介しましょう。

 中国では「フランス」(英語音 [frɑːns])を、[f.ran.s]のように分割して3つの漢字で表記し、1850年代までは[f]に「仏」系の漢字を当てていました(「佛朗西」など。「佛」は「仏」の旧字体)。ところが、1860年代に入ると急に「法」字を当てはじめました。

 その理由はなぜか。1860年頃から、上海が新しく西洋と中国との言語交流の中心地となり、「仏」字の発音が「フランス」の[f]の音訳としては不適当になったためです。

 もともと、西洋と中国との言語交流の中心地は中国の広州・香港でした。「仏」字はその広州・香港で用いられた音訳字です。19世紀の広州では、「仏」字は[fɐt]と読み、[frɑːns]の[f]を漢字で表すのにぴったりの漢字でした。

 ところが、アヘン戦争の講和条約である「南京条約」(1842年)で上海が開港すると、1860年代には言語交流の中心地が上海に移り、西洋学術関連の文献の多くは上海で出版されることになりました。中国語の発音の方言差が激しいことは日本でも有名ですが、「仏」字についても、19世紀の上海では[vəʔ](「ヴァ」のような音:コラム作者)と読み、広東語の[fɐt](「ファ」のような音:同上)とは、頭子音(=音節の初めの子音)が異なっていました。そこで、西洋学術書の翻訳に携わった上海付近の人々は、上海では不適当な音となってしまう「仏」字を改め、「法」字(19世紀上海音[faʔ])を「フランス」の音訳字としたのです。

 なるほど~。そういう理由で中国では「法」字を使うのですね。

 では、日本の「フランス」漢字表記はどう変化してきたのか。調べてみますと、明治20(1887)年頃まで「払郎察」「仏瑯西」「法朗西」「法蘭西」「仏蘭西」など多くの漢字表記が用いられていましたが、明治20(1887)年頃を境に、「仏蘭西」にほぼ統一されたようです*4。

 それでは、なぜ日本では「法」ではなく「仏」が選ばれたか。

 外来語の[f]が母音を伴わない場合、日本語では普通後ろに母音「ウ」を挿入し、仮名で「フ」と書き表します*4。日本人は、[frɑːns]を「フォランス」や「フィランス」ではなく、「フランス」と書くのが自然なのです。そこで、「法蘭西(ウ/ラン/セイ)」よりは、母音が同じ「仏蘭西(ツ/ラン/セイ)」の方が広く受け入れられた、と思われます。

 中国ではなぜ「フランス」を「法蘭西」と書くのか?という単純な疑問の裏には、このような面白い歴史があったのです。

*1『広辞苑(第6版)』岩波書店、2008年、『朝日新聞の用語の手引 新版』朝日新聞出版、2015年など。
*2中国地名委員会編『外国地名訳名手冊』商務印書館、1983年など。
*3佐藤喜代治他編『漢字百科大事典』明治書院、1995年、pp.1204-1263「外来語の漢字表記の一覧」「外来語の漢字表記の変遷」を参照。
*4「母音挿入」。外来語中の連続する子音や語末の子音は、日本語に取り入れられ仮名表記される際、原語にはない母音を付加される。この場合、原語の音声にできるだけ近づくように「ウ」が多く挿入される。詳しくは窪薗晴夫『日本語の音声』岩波書店、1999年、pp.229-233を参照。

(漢検 漢字博物館・図書館 漢字文化研究所 研究員 田中郁也)

≪参考リンク≫

・漢字ペディアで「仏蘭西」を調べよう。

・漢字ペディアで「仏」を調べよう。

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