漢字コラム34「季」よき穀物の小さきかな
著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)
雨が多く蒸し暑かった夏がすーっと消えたかのように、涼しい日が続いています。セミの鳴き声は影を潜め、夜はコオロギが静々とささやき始めました。季節は静かに移ろいでいます。今回は季節の「季」について、考えてみます。
季節の「季」は「禾」と「子」でできています。中国の字書「説文解字」によると「禾」は「よき穀物」のこと、おもにイネを指しています。「2月に生長しはじめ、8月になって熟す」とあります。旧暦では春が1~3月、秋が7~9月になります。2月と8月は春と秋の真ん中に位置するので、「春の旺盛なるときに生長し、秋の旺盛なるときに死に枯れる」とも記されています。
春・秋の真ん中に位置する「禾」は「四季の中和を得る」と言われ、イネを調和のイメージで捉えられることがあります。「和」は「禾」のイメージが反映しているという説もあります。さらにイネの穂が丸く実った状態から「丸くてしなやか」「しなやかに垂れ下がる」、さらに穂が実ったばかりで「小さい」というイメージが生まれたと言います。
「禾」に「子」がついた「季」の大元の意味は「兄弟姉妹の順序が4番目で、末であること」です。年齢順に伯(長男・長女)、仲(次男・次女)、叔(三男・三女)、季(末っ子)と言います。きょうだいが二人なら伯・仲、3人なら伯・仲・季(または孟・仲・季)で表します。父母の兄を伯父、父母の弟を叔父と書くのもここに由来しています。
「説文解字」は「季」について「年少の者の称。子と稚(おさない)の省略形(禾)とから構成され、稚は音でもある」とあります。「稚」の省略形を「禾」と解釈していてわかりやすいのですが、やや後付けの解釈のような気もします。古代中国の語学書「釈名」には「季(キ)は癸(キ)である。甲乙の順序(十干)では、癸は最も下にあり、季も同様である」と書かれています。確かに十干は、甲(コウ)、乙(オツ)、丙(ヘイ)、丁(テイ)、戊(ボ)、己(キ)、庚(コウ)、辛(シン)、壬(ジン)、癸(キ)の順に並んでいますね。面白い解釈だと思います。こうして見ると「季」は「禾」の持つ「小さい」「末」というイメージを核に持つことがわかります。
詩経・陟岵には「母曰嗟予季(母は曰く 嗟(ああ)予が季よ)」とあります。これは、戦にかり出された男が故郷の家族を思って歌った詩の一節です。この「季」は末息子という意味です。物事の最後を言うようにもなり、「季年」は「死が近づいた時期、晩年」という意味です。いくつかにわけた時期の終わりを意味するようにもなり、「季夏=夏の終わり」というように使われました。ここには「くぎり」という意味が含まれています。1年を気候に重ねて3カ月を一区切りにしたのが「四季」です。四季の最後の月「季月」と言います。日本では奉公する約束の年限など表す「年季」という言葉も生まれ、1年を一季としたのです。「年季奉公」は、年季を定めて奉公することでした。「季語」という言葉も日本独自の言葉です。四季豊かな日本ならではの言葉なのでしょうね。
≪参考リンク≫
≪参考資料≫
「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「漢字ときあかし辞典」(研究社、円満字二郎著)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照
【訂正】前回、参考資料にあげていた「漢字ときあかし辞典」の出版社が「研究者」とあるのは「研究社」の誤りでした。訂正してお詫び申し上げます。前回分を修正いたします。
≪著者紹介≫
前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長 1955年福岡県生まれ。
早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)。2017年4月発売の『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)は13刷6万部を突破。6月に『3行しか書けない人のための文章教室』(朝日新聞出版)を発売。