歴史・文化

漢字コラム35「頑」プラスとマイナスの合わせ技

漢字コラム35「頑」プラスとマイナスの合わせ技

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)

 「五調」をなんと読むかわかりますか?

 「天高く馬肥ゆる秋」というには、季節は少し先を進んでいますが、冒頭の言葉は馬に関係しているのです。

 「五調」は「がんじょう」と読みます。室町時代、大坪慶秀が開いた古典馬術の流派「大坪流」にある「大坪流馬書」には、名馬に仕上げるための五つの条件として、蹄、性質、体格、血統、生産地の五つを挙げています。この五条件を備えた馬を名馬、すなわち「五調」と言ったのです。5~15歳ほど歳までの馬を指すこともあります。「四調」と書いて「がんじょう」と読ませることもあります。条件が一つ減るのですが、「五調」が横綱なら「四調」が大関といった具合でしょうか。室町時代の辞書「運歩色葉集」には「がんじょうもの」について、人については「五調」、馬については「四調」と分けて挙げています。

 人や物がしっかりしているという意味では、他にも「岩畳」「岩乗」「巖丈」「頑畳」といった表記が見られます。ここには、さまざまな語源感覚があるのかもしれません。。現在一般的に使われている「頑丈」は、明治以降の用字だと言われています。比較的新しいものなのですね。

 「頑丈」の「頑」には、もともと「かたくな」とか「おろか」「頭が古くさくて、融通が利かない」という意味があります。そこから「押しが強い」「服従しないさま」「物事の変化を理解できないさま」を言うようになります。つまり「頑固」そのものを言い、どちらかというとマイナスのイメージが付きまとっています。しかし、この頑固さが強さに結びつくと一転プラスに転じて「堅強」「強い」「がっしりしている」といった様子を表します。

 中国の字書「説文解字」には「手入れされていない丸木のような頭」とあります。「頁」が頭を指し、「元」が音を担っているというのです。「丸木のような頭」が「おろか」という具合に一直線に結びつかないのではないか、という気もしますね。一説によると、古代中国人の言語感覚は△や∧の形に美意識を見出す傾向にあるようです。他方、○の形にはプラスとマイナスの両面を持つと言います。「円」は「円満」というようにプラスのイメージを持つが、「昆」は「小さな虫が集まった様子」で「混雑」「混沌」というモヤモヤとした未分化の状態を表すマイナスのイメージがあるのだそうです。

 この説によると「頑」の「元」が中心を占めるイメージだとあります。「元」は「人の首の部分をまるく大きな形」とも言われ、○のイメージを持ちます。そのため「元」は「分かれていない混沌」のイメージにつながり、「ぼんやりして融通がきかない」「善悪の判断がつかない」ということになるとあります。

 偶然にも「頑」という字に感じたマイナスとプラスのイメージを補強する説に巡りあえて、古代中国の人たちの美意識に少しだけ近づけたようでもあります。この直感を生かして、五調がそろうG1レースの有馬記念を楽しむとしましょうか。

≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「漢字ときあかし辞典」(研究社、円満字二郎著)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(イン亻ターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「頑」を調べよう。

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長 1955年福岡県生まれ。
早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)。2017年4月発売の『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)は13刷6万部を突破。6月に『3行しか書けない人のための文章教室』(朝日新聞出版)を発売。
前田安正オフィシャルサイト「ことばが未来をつくるマジ文ラボ」はこちら

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