歴史・文化

あつじ所長の漢字漫談18 「婦」はお妃さまのこと

あつじ所長の漢字漫談18 「婦」はお妃さまのこと

著者:阿辻哲次(京都大学名誉教授 ・(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所所長)

 中国に「婦女能頂半辺天」(女性が天の半分を支える)という成語があるように、世界中どこの地域でも、そしていつの時代でも、人口のだいたい半分は女性ですから、これまでの文化も半分は女性が作ってきたといっても過言ではないでしょう。

 女性のことを漢字では主に「女」と「婦」を使って表現しますが、「女」がごく普通に使われる文字であるのに対して、「婦」の方はしばしば激しい非難の対象となります。というのは、「婦」の右側にある《帚》は竹カンムリをつけると「箒」になることからもわかるように、もともとホウキをかたどった文字だったというのがその理由です。つまり《女》と《帚》の組み合わせでできた「婦」はホウキを手にもった女性ということになり、それでこの字は女性解放論者から目の仇にされ、オンナとホウキからできている「婦」が女性を意味するのは、女性を家事労働にしばりつけようとする封建的な思想の現われにほかならず、このような作り方をしている漢字は、男女平等の時代にまことに許しがたい文字である!!というわけです。

 古代中国は完全な男尊女卑の社会でした。「女」は人が手を前に組みあわせ、床にひざまずいている形の象形文字であって、この字は女性が男性より一段も二段も低い地位に置かれていたことを示しています。他にも「奸」や「姦」などのように、明らかに女性蔑視的な考えを背景に持っている漢字もたしかにたくさんあります。しかしこの「婦」もまた男尊女卑の思想が現われた例の一つだと考えるならば、それは古代中国の実情と当時の文化をふまえていない、いささか浅薄な議論というべきでしょう。

 というのは、いまから三千年ほど前に使われていた甲骨文字や殷周時代の青銅器の銘文では、「婦」は一般の女性を意味する文字ではなく、王様のお妃、つまり女王という特定の身分を示す漢字だったからです。

 甲骨文字の故郷として知られる「殷墟」(殷の都跡と伝えられる遺跡、河南省安陽市郊外にある)で、1976年に小さなお墓が発掘されました。「殷墟5号墓」と呼ばれるこの墓は、中国では非常に珍しいことに、これまでまったく盗掘されていない完璧な形で発見され(それは奇跡的なことです)、そこから発見された計200点余りの青銅器のうち109点に「婦好」という銘が記されていたことから、お墓に埋葬されていたのは実際の甲骨文字にも名前が見える「婦好」という女性だと断定されました。

中国の殷墟で発掘された「婦好」の文字が記載されている甲骨

 婦好は殷代の代表的な王様であった武丁の皇后で、軍隊を率いて隣の国まで戦争に出征したなど、彼女の実際の行動が甲骨文字の記述からかなり具体的にわかります。

そんな彼女の墓から、たくさんの青銅器の外に、高さが30センチもある大きな象牙のグラスにトルコ石をちりばめた豪華な杯や見事な玉を加工した道具、それに「子安貝」という南海に産する貴重な貝(この時代は貝が財産のシンボルでした)など、2000点近くもの大量の副葬品が発見されました。それらはいずれも非常に高度な技術を駆使して作られた、第一級の芸術性を備えたものばかりで、この副葬品の質と量からも、当時の王妃がもっていた強大な権威を見ることができます。

 このような地位と身分にある女性を意味する「婦」が、日常的な家事労働である掃除を担当するというおばさんという意味で作られるはずがありません。

 「婦」という字の解釈のポイントは、字の右側にあるホウキの部分をどのように考えるかにあります。この場合のホウキとは、家の内外の掃除に使う道具ではなく、実はお祭りをするための神聖な祭壇を掃除するものでした。 政治を「まつりごと」というように、古代国家では政治と宗教は切っても切れない関係にありました。お祭りは国家にとってもっとも重要な行事であり、これをおこなう場所はなによりも神聖なところですから、いつもきれいに保っていなければなりませんでした。

「婦」の字の元になったホウキを手に持つ女性の絵

 お祭りの場には、空から降りてこられた神様が着席される場所があり、その神様にお供え物を置くための祭壇があります。ここは絶対に汚れてはならないところなので、お祭りをおこなう時には、まず事前にそこをていねいに清める必要がありました。そしてこの祭壇のちりを払うのに使ったのが、「婦」が手に持っているホウキなのです。だからこれはきわめて神聖な道具であり、それを構成要素とする「婦」は、神聖な職務を担当する非常に地位の高い女性だったのです。

「寝」の甲骨文字

 「婦」の中に含まれているホウキは、実は「寝」にも含まれています。今の字形からはまったくわからなくなっていますが、「寝」はもっとも古い字形では《宀》すなわち屋根の下に《帚》をおいた形に書かれています(図版参照)。「寝」はもともとお祭りをおこなう場所の呼び名で、そこは空を漂う神が地上に降りてきて滞在される空間でした。だからそこは住居内でのもっとも神聖な場所であり、そこを清める時にもやはりホウキが使われましたが、その神聖な場所の清浄化を担当するのも、やはり「婦」というハイクラスの女性でした。屋根の下にホウキを置いた形の文字に《牀》を加え、少し字形が変化させたのが、後の「寝」という字です。《牀》とはベッドのことですから、やがてこの字が「睡眠をとる」という意味になったのですが、しかし「寝」の中に設けられたベッドで「寝る」のは、実は人間ではなく神様だったのです。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「婦」を調べよう。
漢字ペディアで「帚」を調べよう。
漢字ペディアで「寝」を調べよう。

≪著者紹介≫

阿辻哲次先生
阿辻哲次(あつじ・てつじ)
京都大学名誉教授 ・(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所所長

1951年大阪府生まれ。 1980年京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。静岡大学助教授、京都産業大学助教授を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。文化庁文化審議会国語分科会漢字小委員会委員として2010年の常用漢字表改定に携わる。2017年6月(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所長就任。専門は中国文化史、中国文字学。人間が何を使って、どのような素材の上に、どのような内容の文章を書いてきたか、その歩みを中国と日本を舞台に考察する。
著書に「戦後日本漢字史」(新潮選書)「漢字道楽」(講談社学術文庫)「漢字のはなし」(岩波ジュニア新書)など多数。また、2017年10月発売の『新字源 改訂新版』(角川書店)の編者も務めた。

●『新字源 改訂新版』のホームページはこちら

≪記事写真・画像出典≫

・記事上部画像:婦好墓と婦好の像 著者撮影
・記事中画像:
 婦好の文字が見える甲骨 阿辻哲次『図説漢字の歴史』(大修館書店)
 ホウキを手に持つ女性 『漢字演変500例』北京教育出版社
 「寝」の甲骨文字 『大書源』二玄社

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