四字熟語根掘り葉掘り3:「手練手管」も芸のうち

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
「手練手管」を、辞書で調べてみましょう。
たいていの辞書では、〈人をだまして操る手段〉といった説明が、書いてあるはずです。なんだか、印象がよくないですよねえ。
実際、たとえば、
「販売員の手練手管に乗せられて、高額な商品を買わされた」
のように用いると、いかにもずるがしこそうな、悪徳商法の販売員の姿が、目に浮かんできます。
多くの四字熟語辞典では、〈もともとは江戸時代に、花魁(おいらん)が客をだますテクニックを指したことばだ〉とも解説してあります。その気があるように見せかけて、客からお金を巻き上げられるだけ巻き上げる。「手練手管」とは、そんなイメージのある四字熟語なのです。
ただ、それだけなのか? と言われると、そうではないように思います。
「あのディレクターは、視聴者の興味を惹く手練手管を心得ている」
このディレクターさんは、はたして悪い人でしょうか?
「あの部長は、部下のやる気を引き出す手練手管をよく知っている」
この部長さんになると、多くの部下から慕われているだけでなく、会社の上層部からの評価も高いことと思われます。
では、辞書の記述が間違っているのかというと、〈ことば〉の世界はそんなに単純なものではありません。
なぜなら、〈人をだまして操る〉のにも、いい〈だまし方〉と悪い〈だまし方〉があるからです。
江戸時代の花魁の中にも、いい人はいたことでしょう。そもそも、客を楽しませて、浮き世のつらさを一時、忘れさせるのが彼女たちの商売。そのために〈だます〉ことは、〈だまされる〉方だって納得済みだとも言えます。
そこまでを含めて、わかりやすいように「手練手管」を説明するとすれば、〈相手をその気にさせて、積極的に何かに取り組ませるテクニック〉といったことになるでしょう。
江戸時代の花魁たちは、その技術にたけていました。とすれば、現代に生きる私たちも、彼女たちから大いに学ぶことがありそうです。
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字ときあかし辞典』『部首ときあかし辞典』『漢字の使い分けときあかし辞典』(以上、研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)など。新著『雨かんむり漢字読本』(草思社)が発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
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