漢字コラム37 あまるのは食にゆとりがあるから?!

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)
「余」はある道具を描いた図形が基になっていると言われています。どんな道具だったのか、お分かりになりますか?
「余」の屋根の部分「」と、その下にある「丅」の組み合わせがヒントです。
その道具とは、「」とその下にある「丅」の形に柄が付いたものです。いまでいうスコップや鍬のようなものだったようです。中国の字書「説文解字」に採用されている小篆の「余」には、それに「八」が加わっています。「八」には「広げる」「分散させる」といった意味があります。ですから「余」には、土をスコップや鍬といった農具で「押し広げる」「平らにならす」といった意味が含まれます。ここから「横にのびる」というイメージが生じ、「空間的・時間的に間延びする」というように転化されます。「余」は「のばす」「ゆるやか」という意味の「舒」の原字(元の字)と言われる理由もここにあります。
ほかにも「把手のある細い手術刀」であるという説もあります。これによると、この道具を使って膿漿を盤(舟)に除き取ることを艅(よ)というのだとされます。「艅」には「ゆったりした大きな船」という意味があります。
「余」と旧字体「餘」は、もともと別の字でした。「餘」には「(食)」が付いています。「説文解字」には「余」は「ことばがのびゆるむ」、「餘」は「食物が大いにゆたかである」とあり、二つの違いが記されています。「餘」は「食べ物にゆとりがある」ということから、「ゆとりができてはみ出る」「あまってはみでる」「あまる」という意味になったのです。つまり「あまる」の意味を持つ字は「餘」が本家本元だったことになります。しかし「余」は「餘」の略字として中国で古くから使われていたため、混同して使われるようになりました。日本では1946年の当用漢字表制定時に、「餘」は新字体の「余」に統合されるようになりました。現在、中国でも「余」の形で統一されています。
「余聞而愈悲(余聞いていよいよ悲しむ)」(柳宗元「捕蛇者説」)などのように、「余」を一人称の「われ」という意味で使われることがあります。「余」と「予」が同源であるという説もあります。しかし、「余」が一人称を表す字源的根拠は薄い、というのが一般的です。当て字として使われた、ということのようです。
≪参考資料≫
「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「漢字ときあかし辞典」(研究社、円満字二郎著)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照
≪参考リンク≫
≪著者紹介≫
前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長 1955年福岡県生まれ。
早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
朝日カルチャーセンター立川教室で文章講座「声に出して書くエッセイ」、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)。2017年4月発売の『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)は15刷6万部を突破。6月に『3行しか書けない人のための文章教室』(朝日新聞出版)を発売。
前田安正オフィシャルサイト「マジ文ラボ」はこちら