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四字熟語根掘り葉掘り8:「山紫水明」の「紫」の謎
2018.04.16
京都の鴨川の西岸、丸太町通りの少し北に、「山紫水明処」という建物があります。江戸時代の文人、頼山陽(らい・さんよう)の書斎があったところです。
頼山陽は、この場所からの眺めがとても気に入り、自作の漢詩で「最も佳(よ)し、山紫水明の間」とうたっています。書斎の名前は、それにちなんだもの。ここから、「山紫水明」は〈山や水辺に囲まれた美しい景色〉を表す四字熟語となりました。
「水明」とは、日光を浴びて鴨川の水面がキラキラと輝いている風景。とすれば、「山紫」で描かれているのは昼間の東山でしょうか? ただ、青や緑ならともかく、太陽に照らされた山が「紫」に見えるとは、具体的には、どのような情景を指しているのでしょう……。
辞書の原稿書きをしていると、ときどき、こういう何でもないところでつまずいてしまうことがあります。そこで、ああでもない、こうでもないと考えるわけですが、この謎の場合、私が現在、考えている答えは、2つあります。
1つめは、この漢詩で、「山紫水明」の直前に「黄樹青林(こうじゅせいりん)」とうたわれている点から思いついたもの。「黄樹」は、ふつうは紅葉した樹木を指しますが、だとすると、「青林」と季節が合いません。
これは、頼山陽の季節感がヘンなのではなくて、1句の中に2つの季節がうたわれているのだ、と解釈すべきでしょう。頼山陽は書斎から、紅葉の季節も青葉の季節も眺めをたのしんでいる、というわけです。
であるならば、「山紫水明」にも2つの時間帯がうたい込まれている、と考えてみるのはどうでしょうか。真っ昼間の鴨川と、夕暮れの東山。暮れなずむ山々であれば、「紫」と表現しても、おかしくはありません。
もう1つの答えは、京都の地図を眺めていて気づいたもの。「山紫水明処」の東には鴨川が流れていますが、西にほんの100メートルほど行けば、そこには御所があるのです。「紫」とは、昔から、天皇を象徴する貴い色。「山紫」とは、実は御所のことを指しているのではないでしょうか?
こういう疑問には、いわゆる〈正解〉はありません。折にふれて、いろいろと考えてみるのが、たのしいのです。みなさんも、京都にお出かけの際には、現地を歩いて、いろいろと考えてみてはいかがでしょうか?
<参考リンク>
漢字ペディアで「山紫水明」を調べよう。
<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。4月以降の詳細は、下記へ。
・学習院さくらアカデミー:漢字(http://g-sakura-academy.jp/course/detail/2018/A/020/)
・学習院さくらアカデミー:四字熟語(http://g-sakura-academy.jp/course/detail/2018/A/021/)
・栄中日文化センター:漢字(http://www.chunichi-culture.com/programs/program_174268.html)
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
<記事画像>
京都 鴨川越しに見える東山 (2018年3月著者撮影)
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