歴史・文化

漢字コラム38「虫」鳥も亀も魚も人も、みんなムシなんだ

漢字コラム38「虫」鳥も亀も魚も人も、みんなムシなんだ

著者:前田安正(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長)

 春です。春は花の季節でもありますが、その花の蜜や花粉を求めて動き出す虫たちの季節でもあります。「虫」という字の旧字体は「蟲」ですが、もともと「虫」と「蟲」は別の字だった言われています。

 虫はマムシをかたどった象形文字だと言われています。マムシが鎌首を持ち上げた様子にも見えますね。一方「蟲」は、虫を三つ合わせたものです。マムシが3匹ということではなく、ウジムシがたくさんいるさまを表しているといいます。意味するところはたくさん、モゾモゾ動くといったもので、マムシという意味から離れて様々な動物を表すようになりました。「木」を三つ合わせて「森」という字ができたのに似た構図かもしれません。古くから「蟲」の略字として「虫」が使われていたこともあり、次第に「虫」がムシ類を表す一般的な表記になったようです。

 西暦100年にできた中国の字書「説文解字」には、「足のあるもの蟲、足のないものを豸(チ)という」とあります。しかしマムシに足があったとも考えにくく、「豸」がつくものに「貍=ヤマネコ」「貓=ネコ」という足のある動物がいるので、「蟲」と「豸」の説明が逆ではないかとの指摘もあります。

 「蟲(虫)」は昆虫だけでなく、動物の総称としても用いられました。鳥を羽虫、亀を甲虫、魚を鱗虫と言いました。蛤、蛙、蟹などにも虫がついていますね。虹にも虫がついています。その昔、虹は双頭の竜が川の水を飲む姿だ、と信じられていました。虹もまた、動物と考えられていたのです。さらに、獣を毛虫、人も裸虫と称したのです。なるほど……。うまく特徴を捉えていますね。

 「虫臂鼠肝(ちゅうひそかん)」は、虫の臂(ひじ)と鼠(ねずみ)の肝のことで「きわめて小さくつまらないもののたとえです。「虫虫」は、熱気のこもるさまをいいます。日本でも「本の虫」などのように、熱中する様子を表す比喩に「虫」を使って表現します。ほかにも「虫」を使った日本語の表現は多く、人間の体のなかにいて、健康や感情に影響をおよぼすことを表す「腹の虫」、子どもの病気の原因となる「癇(かん)の虫」、「弱虫」などのように軽蔑した表現にも使われます。目に見えない小さな働きをするものという感覚が「虫」という字に含まれているのかもしれません。

≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「漢字ときあかし辞典」(研究社、円満字二郎著)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照
前田安正オフィシャルサイト「マジ文ラボ」http://kotoba-design.jp/


≪参考リンク≫

漢字ペディアで「虫」を調べよう。

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長 1955年福岡県生まれ。
早稲田大学卒業。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校で文章教室を担当、企業の広報研修などに出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)。2017年4月発売の『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)は15刷6万部を突破。6月に『3行しか書けない人のための文章教室』(朝日新聞出版)を発売。
一部地域を除き、4月から朝日新聞水曜夕刊にコラム「ことばのたまゆら」を連載(マジ文ラボからも読めます)
前田安正オフィシャルサイト「マジ文ラボ」はこちら

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