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四字熟語根掘り葉掘り14:「人面獣心」はピストルよりもひどい!
2018.07.09
四字熟語の魅力は、なんといっても、深い内容をたった漢字四文字で表現できる、という点にあります。圧縮された濃密な表現が、独特の力強さを生むのです。ここぞというときに四字熟語を使うと文章が引き締まるのは、そのためです。
この独特の力強さは、他人を批判する場合にも、もちろん有効です。ただ、時には、他人を大きく傷つけてしまうこともありますから、注意が必要です。
さて、大正時代のこと。夫の暴力に耐えかねて、離婚したいと裁判所に訴え出た妻がいました。なんでも、この夫、妻を殴打し、短銃で脅したといいますから、現在であれば完全なDVです。
当時の民法では、伝統的な「家」の観念が強く、「家長」たる夫に認められている権威は、今からは想像できないほど強いものがありました。しかし、そんな時代であっても、この夫の行動はNG。裁判の結果、妻からの訴えどおり、離婚が認められたのでした。
しかし、夫は納得せず、控訴しました。その判決が、1915(大正5)年の10月19日に、東京控訴院民事第3部というところで、言い渡されています。今回も、もちろん妻が勝訴したのですが、その判決文に、ちょっとおもしろいことが書いてあります。
妻からの離婚の訴えを認める主な理由は、DVではありません。夫が知り合いに宛てた手紙の中で、義理の父親のことを「人面獣心(じんめんじゅうしん、にんめんじゅうしん)」だと書き記したことが、離婚の理由として十分だ、と判断されたのです。
調べてみますと、当時の民法には、「配偶者ガ自己ノ直系尊属ニ対シテ重大ナル侮辱ヲ加ヘタル」場合には離婚が認められる、という規定があります。「直系尊属」とは、両親や祖父母などのこと。両親や祖父母を侮辱されたら、もう夫婦としてはやっていけない、という考え方は、これまた、「親」というものを大事にする伝統的な価値観の表れでありましょう。
とはいえ、この夫が書いた手紙の文章が、「人面獣心」という四字熟語は使わない、たとえば「妻の父は、見かけは人間だが心は動物みたいだ」であったとしたら、そこまでひどい侮辱だとは受け取られなかったかもしれません。
四字熟語には、強い表現力があります。だからこそ、他人を批判する場面で使う際には、その表現力が必要以上に働くことがないよう、くれぐれも気をつけましょう。
<参考リンク>
漢字ペディアで「人面獣心」を調べよう。
<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
<記事画像>
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