四字熟語根掘り葉掘り16:「群雄割拠」と流れ者の英雄
著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
7月17日、将棋の世界に大事件が起こりました。豊島将之八段が、それまで、2つのタイトルを保持していた羽生善治二冠から棋聖位を奪ったため、主要8タイトルを8人で分け合う状態になったのです。
将棋の世界で、主要タイトルの保持者がすべて異なるというのは、31年ぶりのことなのだとか。新聞やネットなどでは、「群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の時代」になった、とさかんに報道されています。
これは、ちょっと考えさせられる「群雄割拠」の使い方です。
考えさせられることの1つめは、「群雄」ということばについて。これは、文字通りには〈多くの英雄〉という意味。ですから、8つのタイトルを7人で分け合っていたこれまでだって、「群雄」だったには違いありません。
それなのに、これまでは「群雄割拠の時代」とは言われなかったということは、飛び抜けた力を持つ英雄がいると、「群雄」とは呼びにくい、ということなのでしょう。タイトル獲得通算99期という圧倒的な実績を誇る羽生善治さんの存在の大きさが、ここにもよく表れていると言えるでしょう。
考えさせられることの2つめは、「割拠」ということばについて。これは、〈分割して根拠地とする〉といった意味合い。「群雄割拠」とは、厳密に言えば、国のあちこちに、それぞれの地域を根拠地として英雄が並び立つこと。根拠地を持たない、いわば流れ者の英雄がいたとしても、彼は、「群雄割拠」の「群雄」の中には入れてもらえないのです。
棋士がタイトルを獲得するということは、戦国時代の武将が自分の城を手に入れるようなもの。まさに「タイトル=根拠地」というイメージです。そう考えると、8つのタイトルを8人で分け合っているという現在の状態が「群雄割拠」と表現されているのは、言い得て妙だといえましょう。
そこで気になるのは、現在の「群雄割拠」が、今後、いかに変化していくのか、ということ。「群雄」たちのうちのだれかが、2つ目のタイトルを獲得して、「群雄」から抜け出すのでしょうか?
それとも、今はまだ根拠地を持たない、流れ者の英雄であるあの天才少年が、「群雄」の一角に食い込んでくるのでしょうか?
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
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