四字熟語根掘り葉掘り18:「風林火山」をどう説明するか?

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
四字熟語辞典とは、どういう書物でしょうか?
これは、実はなかなか答えるのがむずかしい問題なのですが、私としては、「辞典」という以上は、ことばの意味を解説した書物だと考えています。となると、当たり前のことですが、収録した四字熟語を「ことば」としてとらえて、その意味を解説しなくてはなりません。
そのためには、どうしても、その四字熟語が実際に用いられた、確実な使用例に基づく必要があります。頭の中だけでひねりだした意味は、現実とは異なっていることもありうるからです。
そこで、今回の辞典でも、自分で集めた用例集だけではなく、広くいろいろな資料をあたって、それぞれの四字熟語の意味を考えているわけですが、その過程で困ってしまったものに、「風林火山(ふうりんかざん)」があります。
このことばは、中国の古典、『孫子』のような一節から生まれています。
「其(そ)の疾(はや)きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し」。
これは、〈軍隊を移動させるときは風のように素早く、待機させるときは林のように静かに、攻撃は火のように激しく、防禦は山のように落ち着いて行う〉という、将軍の心得を述べたことば。日本の戦国時代の武将、武田信玄が軍旗に記していたことが、特によく知られています。
となると、「風林火山」という四字熟語にも同じような意味があるはずですが、それを確認するのが、むずかしい。なぜなら、「風林火山」は、武田信玄が率いる軍団の象徴として使われるのがふつうで、それ以外で、一般的な意味を持つ使用例が見当たらないからです。
つまり、「風林火山」は、一般的な文脈ではほとんど使われない四字熟語なのです。辞書にのせる「ことば」というよりは、企業や政府のスローガンに近いもの。それを、「ことばの辞書」に載せることができるでしょうか?
とはいえ、「風林火山」はあまりにも有名な四字熟語ですから、これを載せない四字熟語辞典は、考えられません。というわけで、来たる10月に刊行予定の私の四字熟語辞典では、かなり無理をして説明をしてあります。
確実に存在しているが、「ことば」として説明するのはむずかしい。そんなものが含まれているのも、四字熟語というもののおもしろさなのかもしれません。
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
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しん / PIXTA(ピクスタ)