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四字熟語根掘り葉掘り19:なんだかきな臭い「物情騒然」

2018.09.18

四字熟語根掘り葉掘り19:なんだかきな臭い「物情騒然」

 京都の東山にある方広寺は、その昔、豊臣秀吉が大仏を奉納したお寺として知られています。しかし、この大仏は、秀吉が亡くなる直前の1596年に、地震によって壊れてしまいました。

 その後、秀吉の子、秀頼が再建を図りますが、その最中に今度は火災に見舞われ、壮大な大仏殿もろとも失われてしまいます。それでもめげない秀頼は、方広寺の復興に挑み、1614年には、新たな大仏とともに、巨大な鐘が完成したのでした。

 ところが、思わぬところからクレームが入ります。すでに江戸に幕府を開いていた徳川家康が、鐘の銘文に「国家安康」とあるのは、「家康」の名を切り離して呪いをかけるものだ、と言い出したのです。

 これをきっかけに始まったのが、大坂冬の陣。このときは、豊臣家はなんとか持ちこたえたものの、翌年の大坂夏の陣で、ついに徳川氏に滅ぼされてしまったのでした。

 さて、江戸時代の文人、頼山陽(らいさんよう)は、その大著『日本外史』の中で、方広寺の鐘の銘文をめぐって豊臣方と徳川方の緊張が高まっていくようすを、「物情騒然たり」と表現しています。

 「民情騒然」とか「人情騒然」といった表現であれば、中国の歴史書にも出てきます。しかし、「物情騒然」は、中国の古い文献にはなかなか見当たりません。

 「民情」「人情」とは、〈人々の気持ち〉を指すことば。それが「騒然」としているというのは、何の変哲もない、わかりやすい表現です。

 しかし、「物情騒然」となると、少し勝手が違ってきます。「物情」も、中国で古くから〈人々の気持ち〉を指して使われていることばですが、「民情」や「人情」とは違って、〈人々の気持ち〉だけにとどまらず、動物や植物、はてはこの世のあらゆるものまで含めた〈世の中全体の雰囲気〉を感じさせます。

 すでに天下の実権を握っている徳川家康が、いよいよ、豊臣秀頼を滅ぼしにかかったな。近いうちに、いくさが始まるぞ……。そういったきな臭い雰囲気を、「物情騒然」ということばはよく表現していますよね。

 『日本外史』のこの一節が「物情騒然」という表現が初めて使われた例である、と言い切れればいいのですが、残念ながらその保証はありません。ただ、頼山陽がここで非常に効果的に用いたことにより、「物情騒然」という表現は後世に受け継がれ、四字熟語となったのだ、とは言えるでしょう。


<参考リンク>
漢字ペディアで「物情騒然」を調べよう。

<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。

●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

<記事画像>

方広寺の鐘(2018年9月8日、筆者撮影)

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