新聞漢字あれこれ2 フェイクニュースが増えた?
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
新聞記事に噓が増えてきました。それも2010年代に入ってからその傾向が強まっています。最近話題のフェイク(偽)ニュース? いえいえ、そうではありません。記事に「噓」という漢字の登場回数が増えているということです。
「噓」は常用漢字ではありませんが、日本経済新聞社が常用漢字と同様の扱いで2010年11月30日から新聞紙面で使用しています。前回、新聞は常用漢字を中心とした書き方をしているという話をしましたが、日本経済新聞では「噓」など13字の表外字(常用漢字表に入っていない漢字)を使用する一方、常用漢字のうち「虞」など7字は使用しないことに決めています。
例えば次のような文があったとしたら、皆さんはどちらのほうが読みやすいですか。
「どちらかがうそをついている、ということか」
「どちらかが噓をついている、ということか」
いかがでしょうか。平仮名の「うそ」よりも漢字の「噓」のほうが読みやすいとは思いませんか。「噓」を使用可としているのは、漢字表記でも読者の方が普通に読めて意味がとれるだろうという判断と、「うそ」では前後の平仮名に埋没して読みにくくなってしまう場合があるという考え方からきています。とはいえ、表記ルール上「噓」が使えるとしても「噓の証言」「噓の投資話」などといった犯罪の臭いのするような言葉が出てくるニュースは、あまりないほうがいいですよね。
さて、もうひとつ新聞に使用する表外字で皆さんになじみのあるものといえば「絆」が挙げられると思います。「絆」は2010年の常用漢字表改定の際に候補にはなったものの、使用頻度があまり高くないなどの理由から漢字表に入りませんでした。その一方で、日本新聞協会は常用漢字並みに使用する漢字として「絆」を選定し、多くの新聞社の紙面で使われるようになり、現在に至っています。
常用漢字表が改定された翌2011年、「絆」はくしくも世相を表す漢字として日本漢字能力検定協会の「今年の漢字」に選ばれました。この年は、未曽有の大災害となった東日本大震災が起き、多くの日本人が家族や友人、地域の人々との絆の大切さに、あらためて気づかされた年でもありました。1995年に始まった「今年の漢字」にはこれまで23字(21字種)が選出されていますが「絆」はその中で唯一の表外字です。常用漢字ではありませんが、「絆」は鎮魂や復興などを象徴する字として今後も新聞で長く使われていくことになるでしょう。
≪参考資料≫
新聞用語懇談会編『新聞用語集2007年版』日本新聞協会、2007年
新聞用語懇談会編『新聞用語集追補版』日本新聞協会、2010年
文化庁文化部国語課『漢字出現頻度数調査(3)』文化庁、2007年
「『今年の漢字』―20年の軌跡 あの日あの時」『漢検ジャーナルVol.16』日本漢字能力検定協会、2015年
日本経済新聞が使用する表外字 |
磯・噓・噂・淵・笠・絆・卿・栗・哨・疹・辻・胚・箔 |
日本経済新聞が使用しない常用漢字 |
虞・且・遵・但・朕・附・又 |
≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
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Bobboz / PIXTA(ピクスタ)