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四字熟語根掘り葉掘り20:風流天子の「浅酌低唱」
2018.10.01
四字熟語のおもしろさの1つは、その元になった物語のおもしろさにあります。そういう物語を知ることは、四字熟語辞典編集のたのしみでもあります。
この1年半ばかり取り組んできた拙著『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)も、いよいよ今月18日に発売。そこで、今回は、その編集の過程で出会った、私のお気に入りの物語を1つ、ご紹介しましょう。
10世紀の中国に、南唐(なんとう)という王朝がありました。その皇帝、李煜(りいく)は、政治的な能力には欠けていたようで、結局は王朝を滅ぼしてしまうことになるのですが、文学の才能はピカイチ。詩人として文学史上に名を残し、風流天子として知られています。
そんな彼が、おしのびで夜の街へと遊びにでかけたことがありました。ある妓楼に入ったところ、そこにはなんと、お酒も異性も禁じられているはずのお坊さんが、遊んでいます。お互い、似通うところを感じたのでしょう。二人は意気投合して、大いに盛り上がって杯を傾けることとなりました。
ごきげんになった李煜は、得意の文才を発揮して、壁にこんな詩を書き付けます。
「浅斟低唱(せんしんていしょう)
紅に偎(よ)り翠に倚(よ)る
大師は鴛鴦寺(えんおうじ)の主
風流の教法を伝持す」
(ほろよい気分で鼻唄うたい
赤や緑に着飾った、華やかな女性を侍らせる
和尚はその名も仲睦まじい、おしどり寺の住職さん
風流な教えを守り伝えていらっしゃる)
やがて、このお坊さんは、女性と一緒に別の部屋へと消えて行きました。そこで李煜も宮中へと引き揚げたのでしたが、お坊さんも女性も、彼が皇帝だとはまったく気づかなかったということです。
この詩に出て来る「浅斟低唱」は、日本では少し変化して「浅酌低唱(せんしゃくていしょう)」の形で使われています。文字通りには〈少しお酒を飲んで小声で歌う〉という意味ですが、特に、男性が女性を相手にお酒を飲んで楽しむ場合に使われるのは、李煜のこのエピソードの影響でしょう。
なまぐさ坊主も痛快ですが、風流天子も面目躍如。『四字熟語ときあかし辞典』の原稿を書いていてこの物語とめぐりあったときには、歴史上の人物としてしか知らなかった亡国の皇帝、李煜が、少し身近になったような感じがしたものでした。
<参考リンク>
漢字ペディアで「浅酌低唱」を調べよう。
<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
<記事画像>
李煜像(三才図会)
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