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あつじ所長の漢字漫談40 「金」と「銭」はどうちがうか

2018.10.12

あつじ所長の漢字漫談40 「金」と「銭」はどうちがうか

 世界の古代文明はどこでも、気が遠くなるほど長い時間にわたる石器時代を経て青銅器時代に入り、そしてそれから、ほとんどの地域において鉄器時代に入ります。なかには南米のインカ文明や北海道のアイヌ文明のように自分では鉄器を作らなかった文明もありますが、それは数少ない例外で、ある意味では人類はいまも鉄器時代に暮らしているということができます。

 鉄には、鉄鉱石から金属を取り出す「冶金(やきん)」による製鉄法で作られるもののほかに、宇宙から降ってくる流れ星が大気中で燃えきらずに地表におちてきた「隕鉄」(いんてつ)がありますが、しかし宇宙から落ちてくるのは鉄だけで、「隕銅」とか「隕錫」というものはありません。それに隕鉄は量的にもごく少数であって、実際に存在する鉄の圧倒的多数は、鉄鉱石から取り出したものです。しかし銅も鉄も、もとをただせば単なる「石ころ」の中にあったものですから、いったいどこのだれが、いつごろに、そんな「石ころ」から金属を取り出せることに気づいたのでしょうか?

 それはおそらく、山火事がきっかけだっただろうと考えられます。

 現代でも、たとえばアメリカ西海岸などでは落雷や異常な高温などによって山火事が起こることがあります。山の森林が燃えだすと、そこから上昇気流がおこって雲ができ、それがやがて雨となって地上にふりそそぐので、山火事は長い時間のうちにいつのまにか勝手に消えてしまいます(もちろん現代では飛行機などから消化剤をまいて鎮火しますが)。

 人類は太古の昔から、そんな山火事をなんどもなんども経験するうちに、燃えたあとの山に入っていくと、山中の「石ころ」から今まで見たこともないものが流れ出していることに、だれかが気づきました。そしてどこかの頭のいい人物が、この石を高熱で溶かしたらこんなものが取り出せる、つまり鉱石から銅や鉄などの金属を取り出せることに気づき、試行錯誤を繰りかえしてついにその方法を見つけた・・・これが金属の精練のはじまりと考えられます。

 しかしそれでも、金属を作り出せる鉱石が、そうそうどこの山にもあるわけではありません。金属の精錬のためにはまず銅鉱石や鉄鉱石がたくさんある場所、つまり鉱脈を発見することが必要で、冶金という産業は、そもそも鉱脈を見つけるプロである「山師」がいなければはじまりませんでした。

 9月の末に、仕事で新潟県に行く用事があったので、かねてから一度いってみたいと思っていた佐渡島まで足を伸ばしました。新潟港からジェットフォイルという高速の船で1時間ほどの佐渡は、魚とお米とお酒がおいしく、また日蓮や世阿弥にまつわる歴史的な遺跡も各地にある、まことに風光明媚な土地で、私もぞんぶんに旅行を楽しむことができました。

 佐渡は江戸時代を通じてずっと、幕府が直接統治する「天領」でした。ここが天領とされたのは、もちろん豊富に金や銀を産出する地域だったからです。徳川家康が江戸に幕府を開いた慶長8年(1603)には早くも天領として佐渡奉行所が置かれ、ここで産出した金から小判が製造され、できたばかりの江戸幕府の財政を大きく支えました。その後1869(明治2)年には明治政府の官営佐渡鉱山となり、1896(明治29)年には三菱系の合資会社に払い下げられて日本最大の金銀山として発展してきましたが、地下資源はしょせん有限であり、1989年(平成1)に資源枯渇のため操業を休止して、惜しくも400年近い鉱山の歴史に幕を閉じました。

 佐渡の中でも、江戸時代から金を採掘してきた相川地区の鉱山は、いま「史跡佐渡金山」として公開され、江戸時代の金山や明治時代の官営鉱山のようすが記録にもとづいて復元されていて、鉱石の採掘と製錬から小判を作るまでの工程などが、精巧に作られた500体の人形や模型で分かりやすく説明されています。また近くには見学者が砂金採集を体験できるコーナー(有料)もあって、私もスタッフに教えられる通りにやってみて、ほんの少しですが砂金を集めることができました。

 江戸時代の金は、主に大判や小判などの通貨に加工されました。いまの日本の通貨には金は使われていませんが、それでも金は美しい輝きがあるため、イヤリングや指輪などの装飾品、あるいは「金歯」に使われるほか、工業用としても携帯電話やデジタルカメラなどの電子機器の内部にも多く使われています。

 「金」という漢字は、中国最古の字典『説文解字』では金・銀・銅など多種類の金属の総称と解釈されていますが、古い字形から考えれば、おそらく山中の鉱脈の中から金属のかたまりをとりだしている形と考えられます。しかしその漢字を現代の辞典で調べると、中国語でも日本語でも、
(1)英語のgoldにあたる「こがね」という貴金属(たとえば「純金」)、
(2)英語のmetalにあたる「金属」という意味(たとえば「金管楽器」)、
(3)英語のmoneyにあたる「通貨」という意味(たとえば「金持ち」)
があげられています。

 私たちはふだん「金」という漢字を、音読みと訓読みで意味を区別しながら、「キンのネックレス」とか「かなもの屋」とか「彼はカネもちだ」というように、日常的に苦もなく使い分けているわけですね。

 辞書には以上のように載っていますが、しかし古代文献では「金」という漢字は「金印」「金冠」「金杯」というように、ゴールドまたは一般的な「金属」(metal)という意味で使うのが普通であって、「通貨」という意味で使うことはほとんどありませんでした。

 通貨では「金」よりも「銭」のほうをよく使います。

 「銭」(本来の形は「錢」)は、『説文解字』に「銚(すき)なり。古の田器なり」とあり、もともとは田んぼを耕す農具である鋤(すき)のことでした。それが「通貨」という意味で使われるようになったのは、戦国時代の各国で通貨を農機具の鋤の形に作ったことに由来します。このことから、鋤の意味の「銭」が「おかね」という意味で使われるようになったわけです。

 貨幣を意味する「金」と「錢」という二つの漢字では、字面からうけるイメージに大きなちがいがあります。たとえば「金儲け」と「銭儲け」のニュアンスを比べると、「金儲け」が比較的ふつうに使われることばであるのに対して、「銭儲け」にはむきだしの強烈な語感があり、甚だしい時にはダーティなイメージを与えることすらあるでしょう。

 そのイメージのちがいは、もしかしたら「金」と「銭」という漢字がもつ意味の差によるものかも知れないと考えて、それぞれの漢字を使った熟語や故事成語を日本で一番大きな辞書である『大漢和辞典』で調べてみました。

 「銭」という漢字を使った用例として『大漢和辞典』が載せる例では、たとえば「非銭不行」(銭にあらざればおこなわず=賄賂がなければなにもしない、出典は唐・張鷟『朝野僉載』)とか、「銭無足而走」(銭は足無くして走る、出典は『晋書』・魯褒伝)とか「有銭可使鬼」(銭有れば鬼をも使うべし=地獄の沙汰もカネしだい、出典は『通俗編』19神鬼)とか、かなり大胆に金銭のことをむきだしに表現する例があるのに対し、「金」の方は「金属」や「貴重なもの」を意味する用例がほとんどで、「金」が「貨幣」を意味すると思える例には、ただ『列子』説符の「攫金者不見人」(金をつかむ者は人を見ず)という成語があるだけでした。

 このことわざは「欲のためには何事もかえりみない、または、目指すもののほかは一切目に入らないたとえ」であり、出典である『列子』には、

むかし斉(せい)の国にとても強欲な男がいたそうな。男はある朝りっぱな身なりをして市に行き、「金を鬻(ひさ)ぐ者の所に適(ゆ)きて、因(よ)りてその金を攫(つか)みて去」ったのだが、すぐに官憲に取り押さえられてしまった。官憲が、公衆の面前で、多くの人が見ているにもかかわらず堂々と盗みをはたらいたわけを問いただしたところ、くだんの男は「金をつかむ時は人を見ず、ただ金のみを見る」と答えた。

と記されています。

 まわりに大勢の人がいるにもかかわらず、堂々と奪おうとするのは人間として品性が下劣であるだけでなく、泥棒としての技術も三流だというべきでしょうが、さて上の話に出てくる「金」は、はたして貨幣でしょうか、それとも品物でしょうか。男が強奪した「金」は市で売られていたものですから、それは貨幣でなく、何かの貴金属か高価な金属製品とも考えられます。もしそれが貨幣でなく金属ならば、この「金」も「おかね」ではないことになります。

 つまり中国の日常の言語生活では、「銭」がはっきりと貨幣を意味したのに対し、「金」の方は貨幣を指すむきだしの文字として熟語に使うことがつとめて避けられたと考えられます。

《関連リンク》
漢字ペディアで「金」を調べよう
漢字ペディアで「銭」を調べよう

《著者紹介》
atsuji_muse.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像
阿辻哲次(あつじ てつじ)
京都大学名誉教授 ・(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所所長

1951年大阪府生まれ。 1980年京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。静岡大学助教授、京都産業大学助教授を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。文化庁文化審議会国語分科会漢字小委員会委員として2010年の常用漢字表改定に携わる。2017年6月(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所長就任。専門は中国文化史、中国文字学。人間が何を使って、どのような素材の上に、どのような内容の文章を書いてきたか、その歩みを中国と日本を舞台に考察する。
著書に「戦後日本漢字史」(新潮選書)「漢字道楽」(講談社学術文庫)「漢字のはなし」(岩波ジュニア新書)など多数。また、2017年10月発売の『角川新字源 改訂新版』(角川書店)の編者も務めた。
●『角川新字源 改訂新版』のホームページ
 

《記事写真・画像出典》
記事上部:佐渡奉行所 著者撮影
記事内画像: 佐渡金山の職人模型 著者撮影
      布錢 著者監修『漢字三千年展図録』
      金・錢の古代文字 二玄社『大書源』

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